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Monthly Column

ー自然に、精霊に 生かされる 民ー

『山歌(サンカ)』 上映:6月17日(金)〜 6月30日(木)

2022年 日本 1時間17分 監督:笹谷遼平 出演:杉田雷麟/小向なる/飯田基祐/蘭妖子/渋川清彦

地元の大学に入学した春、東京へ進学した友達と横浜まで遊びに行き、観覧車に乗った。上昇していく風景にワクワクしながら、一方で落ち着かなくもなってきた。なぜかわからないまま頂上地点へ。すると『あ、山がないね』と、一緒に高崎から来た友人が叫ぶ。そこでやっと、なぜ自分が落ち着かないのかが、腑に落ちた。すでに東京の学生となった2人の友人はニタニタ笑いながら、私たちの反応を面白そうにからかった。いつものように山が見えない。私にとってはそれだけの事ではないと思えた。景色の違いに気づいたのではなく、「落ち着かない」ことが、私個人の中にある本能のような気がしたのだ。自分の生命力を保証する出来事のようにも思えた。

 

東京から田舎へやってきた則夫もまた、サンカと山に触れることで自分の本能に触れたのではないか、と思った。物語の舞台は、人間の力ではどうにもならないはずの自然を、近代化という名目で制御・統制し始めた時代。目まぐるしく変わる日本社会を生き抜こうと必死な大人たちに押されるように、先へ先へと進まされる青年・則夫は、しかし自分の中の違和に気づいている。そして彼自身の生きる力がサンカの民に触発されるのだ。その魂の共鳴が、丁寧に、崇高に最大限の敬意を払い描かれていく。

 

山から山へ、その時々の自然の恵みを頼りに移動し、山と里を行き来しながら行商して生きるサンカには、財産もなければ戸籍もない。原始的な生き方の中にある豊かさと祈りが、力強い生命力として浮かび上がる。山の緑、土肌の感触、川のせせらぎ、雨粒の輝き、そして精霊の存在までをも掬い取る美しい映像に見惚れる。そうして、美しく荘厳な生命を前に、経済的な豊かさがあらゆることを飲み込もうとした時代の変動を、この物語は伝えていく。 

 

則夫が出会うサンカの民・ハナの真っ直ぐな目が印象深い。向けられた攻撃的な眼差しは、その奥に潜むただ純真な生命力に通じる。ハナの父・省三は、流浪の民として当たり前に生きられた時間を経て、その生活様式を否定され追い込まれていく変遷を身にまとう。サンカとしての誇りと尊厳を身体中に漲らせる人間の崇高さは、現代人が忘れがちな良心を呼び覚ます存在にも思えた。 「自然の中で人間がいかに生きるか」が笹谷遼平監督の制作テーマだという。中之条の大自然でその恩恵に生かされながら撮られた事にこそ、その真髄が極まる。時代と人を映す映画に、魅了されない人がいようか。 (志尾睦子)

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