Monthly Column
ー摂理ー
『鯨の骨』 上映:1月1日(火)〜 終了未定
2023年 日本 1時間28分 監督:大江崇允 出演:落合モトキ/あの/横田真悠/大西礼芳/宇野祥平
深海では小さな生物が鯨の骨に群がり、その栄養を吸っているそうだ。巨大な鯨がその命を終えて海の底に沈む。生きているときは太刀打ちできない小さな小さな生物が、時間をかけて消えていく巨体の最後の命にあやかるとは。生態系の神秘だ。何千メートルもの底、その水圧の凄まじさと、太陽の光も届かぬ深い闇は容易に想像しきれないが、栄養素となる真っ白な骨はきっと暗闇の中に浮かび上がるように存在するに違いない。思い浮かべてみて、命がつながっていくことの摂理に打ち震える。
冒頭、鯨の骨の様相を説明する文章を読むことになろうとは思いもしなかった。へえ、そうなんだと思いながら、イメージが湧き上がると、もう主人公は振られていた。深海から現実社会へ。結婚式の会場まで押さえていたその男・間宮は理不尽な別れにただ呆然とする。眠れない日々を過ごし、仕事にも身が入らない。マッチングアプリで新しい出会いを求めた彼が出会った彼女は、まさかの高校生で、そしてまさかの、間宮の家で自殺を図る。救急車を呼ぶ手をとめ、彼は山中に彼女を捨てにいく選択をする。
そうして間宮は不可思議な時間を重ねていくことになる。眠れない夜のある選択が、今度は間宮をAR(拡張現実)アプリ「ミミ」の世界に誘う。ポケモンGOの人間版と言えば分かりやすかろう。その場にスマホをかざすと、デジタル化された投稿者がそこに現れるというものだ。「ミミ」の中でカリスマ的存在になっている女子高生・明日香は、街中に自分の姿を投稿している。どうやら明日香は間宮が出会った彼女のようだ。明日香の痕跡を嬉々として辿る熱狂的ファンに混じり、間宮は明日香を巡る謎を追うためにARアプリの世界に没入していく。 「ミミ」の正式名称は「王様の耳はロバの耳」だ。噂や愚痴を撒き散らす意図がありその派生には悪意性がある。現実社会で生きにくさを覚える人たちは虚構の世界でこそ息ができるというわけだが、何も特定の人に限ることではないだろう。お揃いの水色のカッパを着てスマホをかざす人たちは深海に沈む魚のようにも見える。そこには、ジワリジワリと何かが近づいてくる「怖さ」が、充満する。怖さの一つは社会構造だ。現実と虚構の間を支点に、間宮と明日香はまるでシーソーのように互いを弾ませながら、バランスを見つけていくように見えた。
ホラーであり、ミステリーであり、真っ当な現実の物語。そこに次世代の作家性が見えた。
志尾睦子