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Monthly Column

ー考えても考えても、知らなければ思いは及ばないー

『月』 上映:10月13日(金)〜 終了未定

2023年 日本 2時間24分 監督:石井裕也 出演:宮沢りえ/磯村勇斗/二階堂ふみ/オダギリジョー

石井裕也監督作品との出会いは『君と歩こう』(2009年)だった。高校の英語教師で34歳の明美が、教え子・ノリオと勢い余って駆け落ちし、田舎から東京へとやってくる物語。世の中の厳しい目や態度にさらされながらも愛を貫くのかと思いきや、衝動と現実の狭間を巧妙にコメディタッチに落とし込んだりして、なんとも言えない人間のおかしみを出した作品だった。低予算だし、荒削りではあれ、光るものがあった。二人が走り抜ける田舎道の光景とか、年齢差に気づく瞬間の描写とか、すれ違う心情を捉える感覚的な絵づくりとか、映画でしか表現出来ないはずのその面白さを追求する姿勢が見てとれた。26歳の精鋭は、既に過去作品でも高評価を得ていて、インディーズ界隈では名が通った存在だったけれど、エッジが効いているというタイプでもないその作風に、面白い人がいるものだなと思った。そして商業映画デビュー作となった『川の底からこんにちは』(2009年)で世にその名が広く浸透し、『舟を編む』(2013年)では日本アカデミー賞作品賞と監督賞も受賞された。その活躍は誰もが知るところだろうが、これまでのどの作品でも、初期から通じる石井監督の眼差しは健在だ。ほんの小さな瞬間を、とても大事に撮る監督だと思う。

内容がなんであれその姿勢は崩れることない。ほんわかした幸せのある瞬間も、うだつの上がらないおじさんの嘆きも、社会に押し込められて身動きが取れない若者の心情も、崩壊した家族の苦しさも、再び歩き出そうとする人たちの足取りも、そこには石井監督にしか見えてこない何かを訴える力があったように思う。

 

さて本作は、辺見庸氏の同名小説を原作とした作品で「世に問う大問題作」と言うフレーズがこの映画を形容する。映画を見終えた一観客としての自分は、この言葉が煽っているわけでもなく、そう言うべきもの、として受け止めている。だからこそ、この紙面では、敢えてその内容に触れずに筆を進めたい。人は考える生き物だが、知らなければ、考えても到底思いも及ばないことがあるものだ。それだけ、知ると言うことの大事さを痛感する。そうして、映画は沢山のことを人々に伝えてきたのだと思う。伝える上で考える余地を残すのだ。

 

『君と歩こう』のあの監督は、キャリアを積み、素晴らしきチームでこの作品を作った。その成長と積み上げの底に、ぶれない芯が見てとれた。映画の力が漲った一作にただただ打ちのめされた。

(志尾睦子)

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