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Monthly Column

ー映画は不思議で美しいー

『はちどり』 上映:8月4日(日)〜 8月4日(日)

2018年/韓国/138分 監督:キム・ボラ 出演:パク・ジフ/キム・セビョク/チョン・インギ

学生時代から映画を見始めた私にとって、「映画は・・・」というフレーズは映画に近づくための大切な鍵となり、そんな言葉が出るたびに、無条件でその言葉を飲み込む時期があった。いくつかの大切な指針となるものがあるが、その一つが「映画は時代を映す鏡」である。最初にこの言葉に触れたのがいつかは忘れてしまったが、こんなに広義でありながら端的な言葉はないなあと今も思う。映画と共に生きる中で、そんな言葉たちは蓄積されていったが、その中でも印象に残る出来事がある。そのフレーズ自体は忘れてしまったのだが、周囲のシネフィルが語った言葉が頭に残り、大学のゼミ発表で活用したら、教授に「そんな言葉は聞いたことがない」と一蹴され、説明を求められたことがあった。全く答えられないと同時にハッとした。その感覚だけはよく覚えている。言葉や表現をただ鵜呑みにするのではなく、その意味をよく考え、自分の中に落とし込み、自分の言葉で表現する。その意義深さを痛烈に思い直した出来事だったからだ。

 

もう何度目かになる『はちどり』の鑑賞で、私はそんなことを思い出していた。「映画はいつ見るかで変わる」「同じ映画でも歳を重ねてから見ると違う見え方になる」これらも、大切な鍵となるフレーズたちだが、私にとって本作は、毎回違うことを思い出させ、世界の見方を広げてくれる作品に他ならない。

 

舞台は1994年の韓国。はちどりになぞらえられる、主人公・ウニは中学2年生で、一つ上の兄と、高校生の姉がいる。両親は餅屋を営み忙しい。ウニは、その当時のどこにでもいる14歳の女の子、として描き出されている。ウニの家族が住まう団地の様子や、生活に追われる忙しさ、家庭内の当たり前にある暴力性や家父長制のリアルさ、世の常の中で埋没して見える、けれども、少女の中には確実にある<自分自身の声>。そのどれもが、日常として目の前に埋め尽くされている。そしてウニは、塾の先生であるヨンジという少し年上のお姉さんに出会うことで、世界の広がりに触れ始めるのだ。時代性を凝縮しながら、自分の考えと言葉で歩き出そうとする女性たちの姿を描きこんだこの作品を、若い世代に是非見ていただきたいと思うし、私もこの先何度となく見返すに違いない。

 

1994年、私は地元の大学に籍を置く学生だった。大学に馴染めず、日々が苦しかった。ウニはあの時の自分だ。そして私にとってのヨンジは、映画だった、ということなのだろう。

(志尾睦子)

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