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Monthly Column

ー不在の存在を描くということー

『きのう生まれたわけじゃない』 上映:1月1日(火)〜 終了未定

2023年 日本 1時間26分 監督:福間健二 出演:くるみ/福間健二/正木佐和/安部智凛/守屋文雄

福間健二監督作品と初めて出会ったのは2008年に制作された『岡山の娘』だった。ちょうど、前代表の茂木が亡くなった直後の映画祭をどうにか開催し終え、代表者不在の高崎映画祭とシネマテークたかさきを、ただただ今まで通りに、ある意味何も考えずに、進めていた、そんな時だったと記憶している。

 

物語は母親と二人きりで暮らしていたのに母が亡くなってしまい、残された借金を前に大学を辞めて働かざるを得なかったみづきのひと夏が描かれていた。これまで彼女の世界には一度も出てこなかった父親が突然現れるというストーリーはあるものの、そこに描かれているものの正体を、私は見終えるまでに掴めなかった、と思った。そんな映画体験自体が初めてだったので、少し混乱して映画との時間を抱いて帰路についたことは覚えている。

 

2010年3月に開催となる第24回高崎映画祭は、プログラマーとして、前代表の茂木の意向が何一つ入っていない、私がたった一人で挑んだ最初の年で、今だからこそ言えるがこれは凄まじい重圧だった。その重圧の中の一筋の光となったのが、『岡山の娘』だったことをここに告白する。高崎映画祭のこれまでのセレクションの系譜を受け継ぎながら、私自身が届けたいと思う映画の、ある意味独自性をこの作品選定に乗せたからだ。そして、『岡山の娘』を中心軸に他作品を選び特集を組んだ。

 

福間監督にお会いしてその経歴を知り、詩人として、学者としてのご活動が、映画制作になだれ込んでくるのかあ、と、その作風の魅力を自分なりに分析してみた。詩集を拝読し、その言葉と空間が持つ世界観に没頭した。そのものの正体を掴めないけれども、そこに確実にあるもの。それを描き出そうとする。あらゆる自由な手法を使いながら、言葉に絶対的な信頼を置いて、その道筋を作っているような映画が、福間作品の魅力だと思っている。

 

『わたしたちの夏』(11)、『あるいは佐々木ユキ』(13)、『秋の理由』(16)、『パラダイス・ロスト』(20)と、発表されるごとにその映画の世界に飛び込んできたいち映画ファンとしては、心待ちにしていた本作で、福間監督に実際にお会いできないのはこの上なく寂しい。それでも、映画の中に演者としてその世界のストーリーテラーになっている監督の姿があることが嬉しくもある。本作もとても不思議な映画だが、とてものびやかで新しいと感じる映画体験だった。不在と存在の物語に私はまた心酔している。

(志尾睦子)

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