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Monthly Column

ー軋みー

『夜を走る』 上映:7月22日(金)〜 7月28日(木)

2021年 日本 2時間05分 監督:佐向大 出演:足立智充/玉置玲央/菜葉菜/高橋努/松重豊

小さい頃、電灯が切れる時のチカチカした感じを、お化け電気と呼んでいた。いつからそう呼び出したのかわからないけれど、それは子ども心にしっくりきた。この「お化け」は怖いような、怖くないような、それがついている間は、不思議な時間が流れる気がして面白かった。あっちとこっちの間にある何かの次元に入り込んでいる気分だった。特別な時間だ。ただ電球が切れる、その知らせだけのはずなのに、解釈というのは如何様にでも自由に世界を結び付けてしまうのだ。 脚本家としても、映画監督としても、佐向大監督はあちら側とこちら側を気づかせてくれる表現者だと思う。『休暇』(2008/門井肇監督)、『アブラクサスの祭』(2010/加藤直輝監督)では、脚本家として生死の間を意識する人たちが住む次元の設計図を書いた。商業デビュー作となった『ランニング・オン・エンプティ』(2010)では、漫然と日々を過ごす恋人たちが引き起こす小さな事件を描くものだったが、これまでの日常とこれからの日常の間をずっと描いていく。そんな印象だった。劇的に世界を変えるほどの効力を何かが持っていたとしても、それを生かすも殺すも人次第だと言うような、そんな手触りが妙に現実感があって好きだった。そして各方面で絶賛された『教誨師』(2018)は、死刑囚と語り合う教誨師の姿を通して、あちら側とこちら側の<間>(はざま)を描きこんでいたように見えた。

 

本作もまた、あのチカチカと光るお化け電気の次元に、私は引き込まれてしまったのである。地方都市にある鉄屑工場で働く秋本は、日がな飛び込みで鉄屑買取の営業に駆け回る。収穫がなく帰れば上司に暴言を吐かれるが、彼は時代のせいにも、人のせいにもせずただ黙ってその怒りを受け止めるだけだ。そんな秋本の同僚・谷口は明らかに世渡り上手そうな男で、上司の怒りもするりとかわし、秋本を慰めつつ、つつがなく日々を過ごそうとする。そのやり方は、当たり前だが人それぞれなのだ。それぞれがある種バランスよく配置されている時は、平穏に見える。それだけのことなのだろう。その平穏は、本当にふとした瞬間に軋むのだ。そのとても曖昧な境界とその隙間の次元を佐向監督は描こうとする。

 

登場人物たちの誰もが、自分の小さな幸せを守るための小さな嘘をつく。その嘘が、いつか破壊的な威力を発揮してしまうとは誰も知らないのだ。

次元の軋みはいつでもそこにあるんだと、ハッとさせられた。面白い映画だった。

(志尾睦子)

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