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Monthly Column

ーダレモノセカイ ープロダクションノートに代えてーー

『フタリノセカイ』 上映:1月22日(土)〜 2月11日(金)

2021年 日本 1時間23分 監督:飯塚花笑 出演:片山友希/坂東龍汰/嶺豪一/持田加奈子

2013年。映画監督として生きるため東京に行こうと決めた青年は、大学卒業後1年地元に戻ってお金を貯める計画を立てた。その青年・飯塚花笑は春が終わる頃にふらりと当館へやってきてアルバイトをしたいと言ったのだ。「どうせなら少しでも映画の近くに居たいから。」あのセリフは今でもよく覚えている。どうせならって言い方はないだろう、と思ったが、瞬時にその斜に構えた言葉の裏に、この若き監督の映画に対する愛情と羨望が感じ取れてしまった。トランスジェンダーである自身の経験を題材とした『僕らの未来』も、シェアハウスで身を寄せ合う若者たちの浮遊感を描いた『青し時雨』も、その年の高崎映画祭で上映していた。2作品とも、登場人物の背景には社会的視線が見えてくるが、その人物描写は奇を衒うわけでもなく、拳を振り上げるわけでもなく、日常を描く中で浮かび上がらせていくものだった。拙さはあれど、律儀な映画技法が折目正しく使われる真面目さや、映画の力を信じる情熱が、そこかしこに感じられ好感の持てる作風だった。地元出身だから、という理由で上映したわけではなかったし、映画を仕事にしたい若者がこの地で育ち巣立つなら、喜んで力になろうと思えた。そして彼は自分で言った通り、きっちり1年間ここで働いて東京へと出て行った。 その5年後、飯塚花笑監督は『フタリノセカイ』の脚本を送ってきた。彼の良さが出ている本だと思えた。画して長編劇場デビュー作の製作が決まった。

 

『フタリノセカイ』は、子ども好きな保育士のユイと実家の弁当屋で働く真也との10年間を描いたものだ。出会ってすぐに恋に堕ちた2人は、甘く幸せな日々を積み重ねていくが、その一方で真也はユイに自分がトランスジェンダーであることを言い出せない。それがある日思わぬ形でユイの知るところとなる。互いの戸惑いや葛藤は、二人が向き合う事で一旦は解消されるが、結婚や出産という将来を思い描く時に、再び浮かび上がってくる。好きだから一緒にいたい。でも、先々のことを考えると、一緒にいることが互いの幸せに結びつかないのではないかと考えてしまう。気持ちだけではどうにもならない事。その壁に彼らは何度もぶつかりながら愛とは何か、幸せとは何か、家族とは何なのかと問い続ける。

 

人生において、誰もがその問いと向き合う時間がある。答えは一つではないし生き方も一つではないのだ。 この作品が誰かの希望になってくれることを願っている。

(志尾睦子)

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