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Monthly Column

ー嘘とバランスー

『由宇子の天秤』 上映:9月25日(土)〜 10月22日(金)

2020年 日本 2時間33分 監督:春本雄二郎 出演:瀧内公美/河合優実/梅田誠弘/川瀬陽太/丘みつ子/光石研

世の中にはいろんな嘘があるものだ。自分を取り繕うための嘘、人を陥れるための嘘、そして誰かのためを思って生まれる嘘。グルジアのトリビシで暮らす家族が選択した嘘をめぐる物語には『やさしい嘘』という素敵な邦題がついていた。嘘をつくこと自体は誰かの主体性によってなされるものだけれど、その行動は、それにまつわる背景によってこそ生まれる事だ。だからその背景と過程をどう見るか、が物事の本質に迫るための鍵なのだと思う。でも人は生活の中で、その本質を忘れがちになってしまう。起きた事実、しでかした事、だけに目を向けがちだ。もちろん、結果や事実はまぎれもないことであり、それ自体を冷静に見つめる目は必要だが、とはいえ、本質に触れる機会を私たちはどうも自ら追いやっているような気がする。不寛容な社会がそれに拍車をかけてはいまいか、と思う。 さて、『由宇子の天 』はまさしく、物事の本質を現代社会の構造から見つけ出そうとした一作だと感じている。

 

ドキュメンタリーディレクターの由宇子が、対象者へインタビューを試みるところからこの物語は始まる。3年前、自ら命を絶った女子高校生の父親へ、由宇子は「娘へ掛けてあげる言(志尾睦子)葉」を問う。事実を正確に捉え、物事を曲げずに伝えるために、対象者に真摯に向き合う由宇子はいつも直向きだ。一方で、彼らから本当の言葉を聞くためには、ディレクターとしての技術も駆使をする。取材対象者との信頼関係を得てこそではあるが、時に必要な嘘も彼女の中には存在している。会社の上層部が狙うような脚色には断固として首を縦に振らないが、それでも彼女は雇われの身だから、生き抜くためには信念を横に置く必要に迫られることもある。

 

そんな由宇子は父の営む学習塾も手伝っている。会社の底辺で揺れる彼女は、ここでは先生と呼ばれ子どもたちにも慕われている。彼女自身のバランスが、父が守ってきた学習塾で保たれているのかもしれない。しかしここで、ある事実が発覚し、由宇子は自身の生き方自体を大きく揺るがされていく。 由宇子が追う事件と、彼女自身の身辺で起こる出来事は、全く別の出来事であるのに、本質的なところで繋がっている事に気づかされる。巧妙な脚本とそれぞれの多面的な人物像の構築が、見えない糸でつながる社会構造を浮かび上がらせていくのだ。そして出来事の背景と過程を描く上で欠かせない画づくりには今回もまた唸らされた。夕陽に照らされる人の意味を、私は今も考え続けている。

 

(志尾睦子)

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