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Monthly Column

ーかけがえのない時間はいのちの粒ー

『17歳は止まらない』 上映:1月1日(土)〜 終了未定

2023年 日本 1時間36分 監督:北村美幸 出演:池田朱那/片田陽依/白石優愛/大熊杏優/青山凱/中島歩

子どもの頃、チャボを飼っていた。雌鳥と雄鶏。小さな庭ながらチャボのゲージが陣取る場所に行くのは、こども心にもちょっとギアを入れる必要があった。アレルギー持ちで、動物を飼ってはダメと言われ続けた幼少期において、チャボたちは私にとってはペットではなく卵をくれる生き物だった。とはいえ、卵アレルギーの私はそれを食べることはないのに、毎日新鮮な卵を家族に分けてくれるチャボに感謝して過ごした。それはいつの間にやら親から授かった習慣だった。餌をあげに行くと鋭い嘴を向けられるのがいつも怖かったし、呼び名もなく愛着がないと思っていたけれど、チャボたちが近所の猫ちゃんに襲撃されてこの世を去った時の衝撃は、凄まじかった。庭に飛び散った羽を一枚一枚母が拾い上げる姿は数日脳裏から離れなかった。動物の死を初めて目にした瞬間で、ペットの猫が動物なのだと思い知らされた瞬間だった。自然の摂理や、動物の本能、人間が生き物たちから命をいただいて生きていること、それらを強く実感した出来事でもあった。

 

久しく思い出すこともなかったそんな子どもの頃の記憶が一気に蘇った。農業高校で畜産を学ぶ女子高校生・瑠璃とその仲間たちの日常には、さまざまな動物たちの生態が存在する。生まれたばかりのひよこを手に、可愛いと騒ぐ女子高生たちに、思わずそんな君たちこそが可愛いと思ってしまうが、彼女たちはすでに何のために、このひよこが自分の手に乗っているのかを知っている。家畜もペットも、同じ動物だけれど役割が違う中で、愛情の注ぎ方を変えない17歳の少女・瑠璃は、ピュアでもあるが一方で現実を受け止めるポテンシャルの高さを備えた人物でもある。母と二人きりの生活、精神的にも自立していて、家計を支えるためのバイトをしながら学校に通う。同年代の男は嫌いとぶった斬る少女は、他校の文化祭で知り合ったマサルに一目惚れされても全く靡かない。だからと言って恋に無関心なわけではなく、ただひたすらに学校の先生・森に想いを募らせ真正面から突っ込んでいく。

 

命の大切さを学び、生かされることの極意を体得する少女の“いま”と“いのち”の粒が、キラキラと弾ける。一瞬の間合い、思わず飛び出る言葉、ふとした視線の置き場。印象深く残る数々のシーンが鮮やかに蘇ってくる。「日常を映画にするのが一番難しいけど一番面白い」かつて誰かが言っていた言葉も同時に思い出した。

(志尾睦子)

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