Monthly Column
ー延びて伸びて我が道を行けー
『いとみち』 上映:7月10日(土)〜 7月23日(金)
2021年 日本 1時間56分 監督:横浜聡子 出演:駒井蓮/豊川悦司/黒川芽以/横田真悠/中島歩
私がまだ幼い頃、北海道出身の父親は、感情が溢れるような瞬間に私の知らない言葉を漏らした。後で母に、こっそり意味を確かめたことが何度もある。それは方言で、いくつかの言葉は、その時々の感情とともに私の中に刻まれてきた。でもなんとなく気恥ずかしくて自ら口にしたことはない。地元の大学に通い始めてすぐ「群馬県の人だと分かった」と、地方からきた友たちに言われた私は、間違いなく群馬弁を操る人間だけれど、時折父の方言が頭をかすめる。それは反射的なもので、そうした時に自分のルーツを思い、こそばゆい気持ちになる。
さて本作は、青森県の津軽地方に住む女子高生・相馬いとの物語だ。弘前市の高校に通ういとは、同世代の友達よりも方言なまりが激しい。父親は東京出身の民俗学者で、北津軽郡で生まれ育った母と一緒になった。母はいとが小さな頃に他界してしまい、今は祖母と父といとの3人暮らしである。祖母は津軽三味線の名手で、いとも導かれるようにその手に三味線を握ってきたが、最近はケースに入れたまま放ってある。思うことはたくさんあってもそれをうまく表現することが出来ない少女は、同級生と打ち解けることもできず一人になりがちだ。話すのがうまくないのだから三味線で語ればいいと父は言うが、それもいとにはまだピンと来ない。
ある時、いとは電車を乗り継いで、都会・青森市へと足を向ける。女子高生の新天地はメイドカフェだ。そこでアルバイトを始めたいとは、慣れない言葉遣いでお客様を迎える。それはいとにとって至極難しいことだけれど、店での個性豊かな人たちとの出会いは彼女の心を確実に動かしていく。 半径数キロメートルに過ぎなかった行動範囲は、電車を乗り継ぐことでその距離を延ばす。移動距離を横軸に進む数値と見れば、比例するように増えるのは経験値だ。そして同時に時間の縦軸も浮かび上がらせているのが本作の面白いところだと思う。継承という時間が、いとの人生を深めていることに気づかされる。過去から現在へ、そして未来へ。土地に根付いた方言も、伝統芸能である津軽三味線も、16歳の少女の根っこを作る大事な要素だ。それは祖母が、母が、そして父が、大切に紡いできた時間の証でもある。
爪先を何度となく確かめるいとの「いとみち」に代わる何かが、きっと誰にでもあるのだろうなと、思わされた。横浜聡子監督の人物描写は今回も素晴らしく快活で、明るさに満ち、幸福感に包まれた。
(志尾睦子)