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Monthly Column

ー映画は”時”を刻み残り続けるー

『珈琲時光』 上映:11月29日(金)〜 12月5日(木)

2003年 日本 1時間43分監督:侯孝賢 出演:一青窈/浅野忠信/萩原聖人/余貴美子/小林稔侍

人生の中で折に触れて思い返してきた出来事のはずなのに、今また思い出そうとすると随分と記憶が薄れていることを実感する。長い年月のせいなのか、自分の記憶力の低下なのかわからないが、ここにあらためて記しておきたいと思う。

 

あれは、映画館ができる一年ほど前。2003年4月に高崎市の観光課内にフィルム・コミッションが設立された。そのさらに一年ほど前、高崎映画祭のボランティアスタッフをしていた私は、映画祭の代表・茂木さんから「来年、高崎市にフィルムコミッションができる。」と聞かされた。聞きなれない言葉に問い返すと、「俺たちがいつもやっていることがちゃんと組織化されていくんだよ。」と、両手で拳を握ってブンブンと上下に揺らした。嬉しい時や、やるぞ、という勢いの時に、キラキラした目をしながら見せるお決まりのポーズ。何か新しいことが始まるのがわかった。

 

茂木は準備委員会のメンバーだったこともあり、年度が変わって高崎FCがスタートしてからも、よく担当者と打ち合わせをしていた。ある時また、あのポーズで興奮して『侯孝賢が高崎に来る!』と伝えられた。侯孝賢監督といえば、映画歴の浅い私に茂木さんが何度もレクチャーしてくれた名作『悲情城市』の監督だ。以前、高崎映画祭に招聘したご縁から交流があり、侯監督が日本で映画を撮るということで相談があったらしい。発足したばかりの高崎FC職員と一緒にロケハンを繰り返した結果、主人公が高崎出身ということになり、帰省した実家が茂木宅、尚且つ本人は伯父で出演するという話だった。

 

そうして撮影が始まり、私はスタッフと一緒に現場へ陣中見舞いに行った。庭の隅で茂木さんと侯監督が何やら楽しそうに話している。近づいてみると中国語でも英語でもない。でも二人はずっとニコニコと話を続けている。すごい。映画語ってあるんだ、と思った初めての体験だった。

 

終始現場が和やかで、素人の私にはいつ撮影が始まって終わっているのかさえわからなかった。不思議な流れで、その場にいた私の車が突然劇車に使われることになり、なぜか私もフィルムに収まることになった。何もかもが不思議な経験だった。

 

その年の暮れに映画『珈琲時光』は完成し、翌年の12月4日にシネマテークたかさきは本作を柿落とし作品として開館した。完成したばかりの映画館で試写をした時の感動が懐かしく思い出される。全てが繋がっていたんだと、あらためて思い返す20年である。

 

(志尾睦子)

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