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Monthly Column

ー美しく強くしなやかな少女たちー

『海辺の金魚』 上映:7月31日(土)〜 8月13日(金)

2021年 日本 1時間16分 監督:小川紗良 出演:小川未祐/花田流愛/芹澤興人/福崎那由他/山田キヌヲ

物心ついた時から、私にとって海は怖いものだった。理由はわからない。海なし県で生まれ育ったことで馴染みがないだけなのか、幼少期に海を自分から遠ざける何かがあったのか。小学生時代の臨海学校は憂鬱で、海水浴は二度とすることはないとその時に思った。それでも、人というのは不思議なもので、18の時、進路につまづいて頭の整理がつかなくなった私は、なぜか海に行こうと思い立った。新幹線で新潟に出て、在来線を乗り継ぎ柏崎へ。駅を降りるとひたすら潮の匂いのする方へと歩き、誰もいない砂浜にたどり着いた。しばし海を眺め、そして帰路についた。あんなことはあの一度きりだ。怖かったはずの場所になぜ無性に行きたくなったのか。本作を見ていたら急にそれがわかった気がした。母なる海に、私は自分を解放しに行ったのに違いない。

 

映画の冒頭、海と少女が映し出される。少女の生命が海に対峙するかのようにゆらゆらと揺れて見えた。鮮烈な印象を残すその冒頭に、『母なる証明』のキム・ヘジャが突然重なった。草原で体を揺らすキム・ヘジャの、何か重々しいとてつもなく大きな感情。それは、海に倒れ込む少女にも潜んでいるように見えた。 物語の舞台は鹿児島県阿久根市。海と山に囲まれた長閑な町で、瀬戸口花は暮らしている。花の家は、様々な事情で親元を離れた子どもたちが共同生活を送る児童養護施設だ。花がこの「星の子の家」に来て、もう10年が経つ。すっかりこの家の長女となった彼女も、高校卒業と同時に巣立つことが決まっており、今年がここで過ごす最後の夏だ。そんなある日、8歳の晴海が入所して来る。頑なに心を開こうとしない晴海に対して、花はゆっくりゆっくり心を寄せていく。晴海の孤独も苛立ちも寂しさも、花にはわかるのだ。そうして日々を過ごしていく。身寄りのない子どもたちの拭い切れない虚無感も、施設の職員たちが注ぐ温かな無償の愛も、双方共にカメラはゆったりと収めていく。深い傷や悲しみがあっても愛を育む場所があり、反対に温かで揺るぎない時間があっても、いつまでも澱のように溜まったままの孤独もある。どちらも人生の大事な糧なのだ。それを花は、晴海との時間を通して獲得していく。

 

少女の成長は母性の目覚めでもある。その切実で慎ましい生の輝きが、全てを包み込む海とともに描きこまれていたことに、この作品の真価があると思う。彼女たちの未来はきっと明るい、そう思えた。

(志尾睦子)

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