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Monthly Column

ーそこに入っているのはお前たちの方ー

『箱男』 上映:8月30日(金)〜 10月3日(木)

2024年 日本 2時間 監督:石井岳龍 出演:永瀬正敏/浅野忠信/白本彩奈/佐藤浩市

映画と本と音楽にどっぷり浸かっていた学生時代。自分の好みも興味もまだわからずだったから、どれにおいてもあまりジャンルは問わず、観るべき、読むべき、聞くべき、として人から勧められたものを片っ端から吸収した。映画は頭の中でハテナがついてもどうにか観終えるものであり、音楽も聴き終えることができたのだが、本に限っては、なかなかそうはいかなかった。恥ずかしながら読み途中で放置された本が山とある。作家括りでいくとその一つに安部公房の小説があった。何度となく手にして読み進めては読破できないまま終わる。自分に合わないと思ったことは一度もなく、読みたいと手にするのにも関わらず、未だ制覇していないことに気づく。本好きの友人からその作家の名前が出るたびに、途中だったな、久しぶりに読もう、とこれまた何度も同じことを繰り返してきた。最後に手にしてからもう10年近く経とうかというところでまた、そのチャンスが巡ってきた。

 

石井岳龍監督が27年前に日独合作で撮るはずだった『箱男』。ドイツでのクランクイン前日に資金調達の問題から撮影中止になった、というのは有名な話だ。それが長い時を経て、再びその企画が石井監督主導で動き出したと聞いて、ちょっと震えた。石井監督が描く「箱男」、未だ小説は読み終えていないが齧っている感覚では、その世界観の構築に期待しかなかった。すると、高崎で一部撮影されるかもしれないとの報が入り、心が躍った。準備が進み、高崎での撮影は、なんとクランクインとクランクアップというではないか。伝説の映画の誕生、その最初と最後に立ち会えるなんて。しかも技術チームには個人的に憧れの強かった名だたるメンバーが揃っていた。涙ものだ。こんな名誉なことはない。斯くして撮影を終え完成した映画は、因縁の地とも言えるドイツ・ベルリンでお披露目され、あっという間に日本公開となった。

 

段ボールを頭からかぶり小窓から世間を見つめる、箱男。中から人の目が見えることにギョッとする人ももういない。異様なようでいて、誰も気に留めない存在。そんな中、彼を狙う猛者もいて、箱男は時に逃げ、時に戦う。狭いようでいて限りない宇宙とつながる箱男、その実態が、めくるめく物語と世界観で構築されていく。

 

映画の神に愛された映画。『箱男』を評するならその一言に尽きる。そして今ならば、きっと私は安部公房を読破できるのだろう。その力を、映画が与えてくれたと思うのだ。

(志尾睦子)

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