Monthly Column
ーなぜ走るのか。なぜ何かを見たいのか。ー
『草の響き』 上映:10月30日(土)〜 11月12日(金)
2021年 日本 1時間56分 監督:斎藤久志 出演:東出昌大/奈緒/大東駿介/クノ真季子/室井滋
函館出身の天逝の小説家・佐藤泰志の作品を、函館で映画化する。函館にある映画館シネマアイリスが中心となったこの映画製作企画は、『海炭市叙景』(2010)、『そこのみにて光り輝く』(2014)、『オーバーフェンス』(2016)、『きみの鳥はうたえる』(2018)と作を重ねてきた。そのどれもが、函館の空気とそこに住む人々の息遣いが感じられる珠玉の輝きに満ちていた。そんな映画たちに触れるたびに、「映画は人が作るものだ」と実感する。寡黙であれ、静寂であれ、そこには確かに映画に引き寄せられた(もとい、作品に引き寄せられた)人々のおびただしい熱情が宿るからである。そういう意味では映画は嘘をつかないのだ。
『草の響き』もまた、静かにそして豊かに時間の経過とひとの人生を紡ぎあげていく。遠い異国の空気を運んでくる海風、目の奥まで差し込んでくる陽光、そしてそれが作り出す影が、そこで暮らす迷える人たちを包み込み、時に身ぐるみを剥いでもいく。函館は絵になる街だが、無論それだけでは語り尽くせない魅力と魔力が本作にもある。
明け方、スケートボードを小脇に抱え足早にアパートを降りてくる少年は、その歩先のテンポを緩めることなくスケートボードに乗り町を駆けていく。静かに深く息を吸い込む少年の息苦しさが、その体温を持って伝わって来る。 札幌から函館に引っ越してきて周囲に馴染めないその少年・彰は、同級生から投げかけられた一言をきっかけに市民プールに出向き、そこにいた他校の弘斗と出会う。自分の属するコミュニティに馴染めない彼らは、浚渫土砂で出来た人口島「緑の島」に新しい居場所を見つける。その場所をランニングコースにしているのが和雄だ。心に失調をきたした和雄は、健康な心身を取り戻すために、ただひたすら毎日走り続ける。東京で結婚し、夫の病気を治すために一緒に函館にやってきた純子は、和雄の支えになろうとその心細さを押し殺して気丈に生活を続けていく。それぞれの心情は、静かに、でもピッタリと彼らの迷いに呼応するカメラによって繊細に映し出されていく。
誰しもが孤独や息苦しさを抱える時間がある。人はそれにどうやって向き合い、払拭していくのか。あの函館の景色と、心情に寄り添う音楽がその答えの道先を示唆する。海に向かった彰に、走り出した和雄に、車を走らせる純子に、私はまだ想いを寄せたままだ。
(志尾睦子)