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Monthly Column

ー人は見たいものだけを見るー

『ミセス・ノイズィ』 上映:3月6日(土)〜 3月26日(金)

2019年 日本 1時間46分監督:天野千尋出演:篠原ゆき子/大高洋子/長尾卓磨/新津ちせ

小学校6年生の修学旅行は日光東照宮だった。個人的な一番の楽しみは「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿で、実際に見るまで私はこれを「余計なこと」を見ない、言わない、聞かないなのだと解釈していた。「何事も穏便に済ませるための知恵」だと思っていたのだ。それが大人という事だと。だから神厩舎の長押に彫られた猿たちを前にガイドさんの説明を聞いて、ちょっとおどろいた。三猿は成長過程の小猿の姿で、悪いことを見たり言ったり聞いたりしないようにという願いが込められている。つまり「良いもの美しいものを見たり聞いたり、言葉にする事が良い人生につながる」ということを教えてもらい、すごく胸に響いた。何を見るか、何を聞くか、何を言うか。それこそが生きる上で大事な選択なのだと感じたのである。

 

『ミセス・ノイズィ』は、まさしく何を見て何を聞いて何を言うかの物語だ。この選択を間違うと事態は思わぬ不幸を連れてくる。また、見なければならない現実を見ない事、言わなければいけないことを言わない事、聞かなければならないことを聞かないことでも不運はやってくるのだ。それを実に巧妙に物語り、示唆していく。 吉岡真紀は小説家だ。子育て中であり、スランプ中でもある。才能を高く評価されたデビュー作以来、思うように小説が書けないでいる。創作活動に明け暮れはするけれど、編集者からはダメ出しばかり。最近は書けない理由に隣人・美和子の存在が加わった。早朝から布団を叩くなど美和子の行動は真紀にとって得体が知れないばかりか、恐怖にもなっていく。一方の美和子にとってそれは、大事な家族を守ることであり、社会に対する実直さなのだが、真紀との接点がそれを極端な行動へと向かわせてしまう。ボタンのかけ違いは、本人たちのみならず家族のバランスをも崩していく。

攻撃された(と受け取る)真紀は反撃に出る。美和子を題材にした小説を書くのだ。これが面白いと評判になり、真紀は無事スランプを抜け出すのだが、その先に待っているものは真紀が望んでいた成功とは違う様相を見せていく。 現代の情報社会は「見ざる、言わざる、聞かざる」が困難だ。善悪自体が膨大な情報の中で攪拌され、判別がつきにくくなっている。そこを鋭く突きながら、では真を取り出すにはどうすべきかと本作は投げかける。それも痛快で爽快に。鋭い洞察力で描き上げた鮮やかな一作である。 (志尾睦子)