Monthly Column
ー進んで、立ち止まって、また進むー
『散歩時間 ~その日を待ちながら~』 上映:1月6日(金)〜 1月12日(木)
2022年 日本 1時間35分 監督:戸田彬弘 出演:前原滉/大友花恋/柳ゆり菜/中島歩/篠田諒
最近ではすっかり腰が重くなってしまったが、一時期私はよく散歩をした。それはある冬のことで、とっぷり日が暮れると、決まって外に出たくなった。外出するときは常に大荷物になる私が、その時ばかりは携帯も持たず、手袋とマフラーだけを身につけて外に出た。映画館から気持ちのままに足を向け、毎日違う道を小一時間ほど歩く。今思えば当時の私はいささか追い込まれていたのだろう。冷たい風を頭全体に浴びながら歩く時間は、心の整理と浄化に必要だったに違いない。散歩というには穏やかさが少し欠けていたかもしれないかつての自分の行動を、懐かしく思う。ふと、自分は今すごろくのマスを行きつ戻りつしているのではないかと思った事が蘇る。数多ある人たちの人生が、大きな盤の上で繰り広げられて、自分もその中の一つを歩いているのだと。自分の居る地点に対して、きっと当時は焦りしかなかったろうが、今はそれが豊かな時間につながる確かなひとマスだったと思える。
人生において大切な“その日”は、すごろくのマス目に必ずある。それはしかるべきタイミングで訪れるものなのだと思う。動いてみないとそのマス目には行き着けない。周囲を眺めたり、足元の感触を確かめたり、冷たい風を頬に感じたり、穏やかな日差しを体に浴びたり。そのさまざまな時間を、散歩という言葉に包括してみると、そこに物語が生まれてくる。本作はそんな過程を描いた物語だと思う。
時はコロナ禍。互いを思いやる新婚夫婦は、それ故に小さな摩擦を繰り返す。思い出作りがままならない中学生は淡い恋ごころを持て余している。帰省が出来ず、里帰り出産した妻にも子にもまだ会えないタクシードライバーは、切なさに身を斬られていく。参加したい演劇ワークショップがことごとく延期になる若手俳優はジレンマを抱えたままだし、長引く休業で店を閉じざるを得なかった店主はこのやるせなさをどこにぶつけていいかわからない。それぞれが抱える“今”は、どれもが私たちの心をちくりと刺してくる。一方で、結婚式ができなかった新婚夫婦のために、小さな宴を用意する友人たちの優しさは、彼らの摩擦を解く魔法になりうるし、偶然の出会いや出来事が、見ず知らずの誰かの背中を大きく押すこともある。動かなければ、その時間には辿り着けない。そのささやかだけれど豊かな時間はきっと誰もが手にできるものだと思えてくる。
シンプルで奥深い脚本と、人の感情を大切に汲み取る演出が相まった逸品であった。
(志尾睦子)