Monthly Column
ー土の匂いに込められた昭和という時代ー
『無頼』 上映:1月30日(土)〜 2月19日(金)
2020年 日本 2時間26分監督:井筒和幸出演:松本利夫/柳ゆり菜/中村達也/ラサール石井/小木茂光
痛快で爽快、娯楽でありながら社会的で骨太、そして人間のおかしみと哀愁が画面に溢れる。それが、井筒和幸監督が手掛ける映画の色だと思う。原作モノであれ、オリジナルであれ、人間の躍動感と人生を駆け抜けるスピード感は大抵の作品に共通する。小気味良いテンポで話を進めるかと思うと、一気に重力が押し下がるかのような重たい場面も、容赦無く描きこむ。でもそれが全てを引きずることはなく、そうした場面は物語の抑揚というリズムに取って変えられ、映画という虚構だからこそ語れる手法で物事の芯に触れていく。だからいつも観賞後感はどこか晴れやかな気分になる。決して軽やかではない物語の時間を今自分は一緒にスクリーンと駆け抜けた、という実感を伴って、である。これは世界観というものとはまた違った、一つの井筒和幸という“ジャンル”のようなものかもしれないとさえ思う。このジャンルはクセになる。映画を見た充足感と幸福感をもたらしてくれるからだ。
さて、待ちに待ったそんな井筒映画、今回のタイトルは『無頼』だという。無頼漢という単語が頭をかすめる。ならず者たちの物語のようだが、当然それだけには留まらないであろう広く深い「無頼」な世界が待っているはずだと胸を高鳴らせた。 終戦後の1956年からこの物語は始まる。「僕なりの昭和史を逆照射してみたい」とは井筒監督の弁だが、日本人が辿ってきた戦後の復興と勃興、そして崩壊と混沌を、一人の男の生き様を通して浮かび上がらせる。高度経済成長の一方で追い込まれていったものとは何か。理想の社会を作るために無理した体からはみ出した膿はどこにいくのか。それを描く術は、ある一つの事象に向かっていく人間たちの業を描き出すのとは違っている。昭和という一つの時代が抱きかかえたあらゆる人たちの業という形で眼前に広がってくる。
貧困と飢えに喘いだ少年時代に、ヤクザ者たちの世界に飛び込んだ井藤正治は数々の代償を払いながら出世し、組という家族を得る。社会に歯向かうのも理由を持ち、徹底して暴力で戦い、張れる体はいくらでも張る。井藤とその仲間たちの悲喜交交には常に暴力が追走するが、昨今の時代に感じるような冷たさや閉塞感とは違う匂いがあった。強いていうなら、土の匂いだろうか。人間の重みで沈み、埃が舞い、踏みしめれば固くなる土。そこに昭和の懐かしさと自由さが、浮かび上がった気がした。これは懐かしい未来だ。時代を繋ぐ一作となるに違いない。
(志尾睦子)