Monthly Column
ー声が導く冒険の始まりー
『裸足で鳴らしてみせろ』 上映:10月28日(金)〜 11月3日(木)
2021年 日本 2時間8分監督:工藤梨穂 出演:佐々木詩音/諏訪珠理/伊藤歌歩/甲本雅裕/風吹ジュン
声というのはこんなにも生々しくて、剥き出しにその生命を伝えてくるものなのかと驚いたことがある。私の師匠が亡くなって、お別れ会を開いた時だ。故人を偲ぶ一つとして、ラジオの音源を流すことにした。面白おかしく、嬉々として話す師匠の声が、200人を越える人たちの頭上から降ってきた時、ラジオでは全く気づかなかった、その生々しい生命のありかに私は驚いた。帰りがけに彼の旧来の仲間たちが「映像見せられるよりきついよ。声は、ダメだよ、リアルすぎる。」と友人を失った悲しみをその言葉に込めたことが印象深く残っている。声に宿ったその人となりと、丸ごとの人間性を、私たちは改めてそこで刻み込んだんだと思う。それは、肉体の確かさを既に知っているからこその、体験なのだと思えた。
さて。工藤梨穂監督のデビュー作『オーファンズ・ブルース』は、剥き出しの生命が、肉体・とりわけ肌に宿り、そこに流れる汗が刹那を生きる若者たちの有限の時間を浮かび上がらせていた。洗練されたセンスを持ち合わせた、とてつもなく力のある作品だった。心待ちにしていた2作目は、さらなる飛躍を遂げた逸品だった。
父が営む不用品回収会社で働く直己は、盲目の養母・美鳥と暮らす槙と出会う。彼らはすぐに意気投合し、時を共に過ごすようになった。ある日美鳥は槙に、世界を見てきてほしいと夢を託す。槙は、実際には行けない世界一周を、フォーリーと呼ばれる効果音を作る作業で再現しようと思いつく。直己もまたその思いに触れ、その「世界旅行」に同行する。一つの目的が二人の距離を近づけていき、次第に彼らは互いへの想いを暴力的なアクションで表現することで確かめるようになる。
じっと想い人の背中を見つめる時、ふと交わる視線を感じる時、どうしても素直に表せない想いをアクションにしてかわそうとする切なさが胸に迫る。躍動する生命力を逃さないカメラ、彼らの想いをそっと照らす淡い光。ここではないどこかへ行きたいと願う若者の、等身大の痛みが、ままならない愛とともに浮かび上がる。じゃれ合いはときに暴力になり相手を傷つけてもしまうのに、一方で、その時間の中で生み出されていく世界の音は、美しく温かい。世界をレポートする槙の声こそが、彼の揺るぎない生命力とうちに秘める愛を伝えてくるからだ。
二人の青年はこの先どんな世界を旅するのだろう。彼らは確かな存在を心に宿してこの先も進んでいくに違いない。
(志尾睦子)