Monthly Column
ー生きとし生けるものたちー
『アイヌモシリ』 上映:1月23日(土)〜 1月29日(金)
2020年 日本他 1時間24分監督:福永壮志 出演:下倉幹人/秋辺デボ/下倉絵美/三浦透子/リリー・フランキー
生まれも育ちも高崎なのに、大人になるまで私の本籍は北海道だった。本籍は親から譲り受けたルーツなんだと理解していた。住んだことはないが、親戚がいてお墓がある北海道は私にとって特別な場所だった。私が幼少期、父はまだ方言を口にしていた。私が成長するにつれ次第に方言は減っていったが、父の言っている言葉が分からなくて母親に何度となく意味を尋ねたことを懐かしく思い出す。我が家では当たり前でも友達の家にはない習慣や食事も多かった。木彫りの熊の顔が書斎の壁にかけられ、玄関にはアイヌ人型の木彫り玩具があった。私自身が当たり前に受け入れたそれらの知識は決して深いものとはいえないが、何かを継承することや、歴史と文化を紐解き紡ぐという本質は、父の想いを通じて私の中にも確実に根付いたと今は実感している。
『アイヌモシリ』は、北海道と名前がつく前の、アイヌ人たちの居住区を指す名前だという。本作は、北海道阿寒湖畔にある集落・アイヌコタンで暮らす14歳の少年・カントの目を通して描かれるアイヌの物語だ。民族に限らず、土地の歴史や文化も同じだと思うが、それぞれの地で人々が獲得してきた叡智と信仰は、時代の流れと共に少しずつ<大多数の生活>の中に溶け込んでいくものなのかもしれない。呑み込まれてゼロになる事とは違う受け入れ方。柔らかく、ゆるやかな光の中で映し出されるアイヌコタンの人々の生活感は、そう感じさせる説得力を持っていた。 そうやって生きてきた大人たちの中に発展途上の少年がいる。父が他界してからなんとなくアイヌの生活に距離を置き、現代の流れに体を向けていくカントは、中学を卒業したらこの地を離れようと思っている。なんとなく離れたい、という思いこそが、うちなるものへ向かう合図なのだろう。彼が意思を持つことで見えてくる新しいアイヌの顔が、イオマンテという儀式を軸に描きこまれていく。日常と、その向こう側の神聖な領域が儀式を境に浮かび上がる。まるで自分自身が、何かの選択を大地から受け取らざるを得ないような感覚に陥った。
秀逸なストーリーテリングであると共に、心理的距離を見事に表現し尽くすカメラがまた素晴らしい。若人の内面的成長と葛藤、そして大人たちが紡いできた時間が、その表情、もとい視線に浮かび上がる。これは世代間の物語でもある。相反し、共鳴し、一つの解を見つけていく。その一つ一つのゆるぎない時間を刻んだ名作の誕生にも感銘を受けた。
(志尾睦子)