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Monthly Column

ー終わりなき冒険ー

『つつんで、ひらいて』 上映:2月8日(土)〜 2月14日(金)

2019年 日本 1時間34分監督:広瀬奈々子出演:菊地信義/水戸部功/古井由吉

学生時代、ラジオ局でアルバイトをしていたことがある。そこにはリスナーが誰でも立ち寄れるオープンスタジオがあって、フリースペースにはアーティストのライブをはじめとする様々なポスターが貼られていた。ポスター貼りも一つの仕事だったので、凝り性の私は、水平に垂直にポスターを貼る事に人一倍熱意を燃やしていた時があった。

ある日バイトに行くと新しいポスターが目に飛び込んできて、私はそこに釘付けになった。オレンジ色の帯のタイトルに、ビジョ濡れのユアン・マクレガーがじっとこちら見ている『トレインスポッティング』だった。このポスター自体がかっこいいのだが、驚いたのはそれが更に、ビリビリに破られた同作品のチラシでデコレーションされていた事にある。ポスターは、そのまま貼るものと思っていた私には、さらに装飾され一つの作品と化したトレスポポスターは衝撃だった。聞けば、すでにこの映画を見ていた同じ大学の先輩アルバイトさんが、皆に見てほしい一心で、ポスター掲出に工夫を凝らしたということだった。若者たちの破天荒さや苦悩やエネルギーがビリビリに引き裂かれたチラシで表現されたその空間が、私には浮き上がり輝いて見えた。天井のない表現の奥深さを知った瞬間だった。 装幀家菊地信義さんが紙をぐちゃっと手の中で丸め、今度はそれを丁寧に伸ばしていく。その姿を見た途端、四半世紀も昔の事を突如思い出した。あの時の衝撃が蘇った。

本作は一人の装幀家を軸に、ものづくりの本質に迫っていくドキュメンタリーである。作家が紡ぎ出した文章は、やがて本になって読者の手に渡る。電子版も普及している昨今だが、装幀本は人の手に取ってもらうモノだ。手に取りたいと思わせるために、仕上げられるものだ。菊地さんの言葉を借りれば、本は「こしらえる」ものなのだそうだ。この言葉の意味は深く温かい。意表をつくデザインをただすればいいのではない。その本質を伝える装幀でなければ意味がないからだ。作家の心を知り、文章の真髄に触れ、それをこれから出会う読者に伝えるために、デザインする。それは道なき道だ。数多の苦難と困難を乗り越え、やがて一つの目的地へと到達するのである。本に携わる人々のあるがままをこの映画は記録しているのだが、なんと魅力的な物語になっていることか。驚きと興奮であっという間にその世界に入り込んだ。実に楽しく刺激的な冒険譚とも言える逸品であった。 (志尾睦子)