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Monthly Column

ー夜明けを待つー

『夜明け』 上映:1月19日(土)〜 2月14日(木)

2019年 日本 1時間53分監督:広瀬奈々子出演:柳楽優弥/YOUNG DAIS/小林薫

暗闇に人がいる。そんな描写はどんなものであれ、目をこらしてその実態を捉えたくなる。さらりと風景に馴染む時もあるが、瞬間的に心が反応しドキッとさせられる事がある。誰なのか、何をしているのかわからなくても、体温を持った肉体が暗闇に紛れている時の存在の重さが伝わる時だ。表情が見えないからこそ、そこにはその人物が持ち得る感情が表出したという証なのかもしれない。
夜と朝の狭間に、ある人物が苦悩している。そんなシーンからこの物語は幕を開ける。美しくもあり、なぜか悲しくもある。すでに流れ出てくる感情を受け取らざるを得ない始まりに目を見張った。
そして夜が明け陽が昇り、良い天気の“ある日”が始まる。川釣りに出かけた哲郎は、川べりに倒れている青年を見つけ駆け寄る。水に濡れ気を失った青年を抱きかかえた哲郎は、そのまま家へ連れ帰り介抱する。数年前、妻と息子をいっぺんに事故で亡くした哲郎は、一人暮らしの家に「シンイチ」と名乗るその青年を招き入れる。彼の素性を詮索するでもなく、自然に生活という時間を積み重ねていこうとするのだ。哲郎は、彼が営む木工店を手伝うシングルマザーの宏美と近く結婚の約束をしているが、シンイチもまた家族として迎え入れるつもりでいるようだ。
哲郎が自然に時間を積み重ねて行こうとする一方で、シンイチはずっと不自然に時を過ごしていく。その対比が、この人間ドラマの本質を浮かび上がらせる。哲郎の優しさや包容力は、亡き息子との時間を埋める作業に費やされ、自身の喜びに繋がっていく。けれどそれは、図らずも大事な誰かの気持ちをおざなりにしてしまうこともある。シンイチにとっては、その温かさが、彼の閉じた心を開く一つのきっかけにはなるのだが、若さゆえとも言える未熟さが、自身を解放することを許さず、人を更に傷つけてもしまう。罪の償いどころを探し出せない青年は、闇夜を抜けて幾度も朝を迎える。時には誰かの手を借り、時にはその手を振りほどいてみたりもする。
そのもどかしさと揺らぎを広瀬奈々子監督は丁寧に描いていく。人間の奥底を覗き見しようとするでもなく、えぐり出そうとするでもなく、鋭く切り込むでく、そこにいる人間存在を肯定し、その息遣いと体温をただ大切に静かに描き出そうとする。
それぞれの過去に囚われそこから逃げようとしていた2人は、互いの存在によっていつしか道を模索する方向へと向かっていく。それこそが夜明けだ。胸のすく思いがした。

(志尾睦子)