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Monthly Column

ーGoing the Distanceー

『かぞくへ』 上映:6月16日(土)〜 6月22日(金)

2016年 日本 1時間57分監督:春本雄二郎出演:松浦慎一郎/梅田誠弘/遠藤祐美/森本のぶ

本作は家族をテーマにした物語である。家族が包括する、理屈でない「なにか」がこの物語には隠れているのだが、ひらがな表記で文字化されたタイトルがこの映画にはよく似合う。『家族ゲーム』が『かぞくゲーム』ではない、のと同じような(でも正反対の)感覚と言ったらいいのかもしれない。一方、英語タイトルが『Going the Distance』であることもだいぶ洒落ていてセンスがいい。Familyを使わず、登場人物たちが掴もうとする「なにか」すなわち「感情のありか」をこの短いフレーズに集約させている。ちなみに主人公・旭はボクシングトレーナー。名作『ロッキー』で流れる「Going the Distance」は闘志を燃えたぎらせ、ファイナルラウンドまで戦い抜くロッキーの心情を彩るのに相応しい熱情的な音楽だったが、この物語は静かに、この言葉に導かれるように絶対的に揺るがない「なにか」を抽出しようと試みる。
旭は同棲中の佳織と、半年後に結婚を控えている。ファーストシーンはそんなカップルの会話から始まる。親族席の数を問われた旭は、ためらいもなく1人と答える。旭の出身地は五島列島。養護施設で育った旭にとって、家族と言えるのは同じ施設で育った洋人しかいない。親族が15人いる佳織はその差を気にするが、旭にとってそれは取るに足りない事だ。旭は実直で誠実に自分の人生を生きている。
ある時、旭はレストランを始めた知り合いが魚の卸元を探していることを知り、洋人を引き合わせる。順調に取引が始まったと思っていたら実は詐欺だったことが発覚。罪の意識にとらわれた旭は佳織との結婚に踏み切れなくなっていく。他方、旭の生い立ちを理由に母親から結婚を猛反対されている佳織は、日々そこに胸を痛めており、加えて痴呆が進む祖母を思えば早く花嫁姿を見せてあげたいと、焦りも募らせていく。

新しい家族を作ろうとする2人は、それぞれの家族の存在によってすれ違って行く。

 

「かぞく」の物語であると同時に、人はどうやって自分の人生に責任を持つのかというもう一つの命題が、旭・洋人・佳織の中から浮かび上がってくる。実に重層的で普遍的な映画構成である。
脚本が秀逸なのは言わずもがな、カメラは容赦無く彼らの顔を、人物像をしっかりと捉え、そうして心の機微を丁寧に丹念に描きだしていく。唸るのも忘れて引き込まれてしまった。
印象的なファーストシーンで幕を開けたこの物語には、忘れ難いラストシーンが待っていた。映画たる映画の深い余韻に、いつまでも浸っていたい気分だった。

(志尾睦子)