Monthly Column
ー“対話”は小さな冒険の始まりー
『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』 上映:7月7日(金)〜 7月13日(木)
2022年 日本 1時間47分 監督:三好大輔/川内有緒 出演:白鳥建二/佐藤麻衣子/川内有緒/森山純子/ホシノマサハル
子どもの頃から何をやっても上手ではないけれど、好きだと思えるのは美術だった。その延長線で大学では美学美術史の門を叩いた。学部の仲間は皆さまざまな側面からの美術好きで、彼女たちの会話を聞いているのは楽しかった。覚えも悪ければ、実技も不得意で、美術館に行けばじっくり見ている友達を尻目に、どうやっても一番に出口に辿り着いてしまう私は、その度に自分の感性のなさを憂いた。当然劣等感も増していったのだが、なぜか「好きなことに対して話を弾ませる人たちとの時間」はいつも楽しいと思えた。
『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』は、全盲の白鳥建二さんとその仲間たちが美術館に行って鑑賞する姿をとらえることから始まっている。目の見えない白鳥さんがどうやって絵を見るのだろうか。
白鳥さんは一人では鑑賞できない。考えてみればそうなのだが、それがとても面白いのである。“対話”からしか鑑賞は生まれないのだ。カメラで捉えられた白鳥さんとその仲間たちの会話は実に興味深い。その声色、テンポ、迷いながら言葉を探す時間や、感情と共に言葉が飛び出してしまう時など、あらゆることが白鳥さんにとっては情報源となるのだ。そして白鳥さんの問いかけもまた、絵を目の前にする鑑賞者たちにとって次の言葉を探さなければならないきっかけになる。その過程と、人々の心の動きをカメラは捉えていく。白鳥さんとしては、美術が好きというより、美術鑑賞をすることが楽しい、そうだ。美術鑑賞者白鳥建二がどう産まれていったかという軌跡を丁寧に切り取っていくことで、美術鑑賞の楽しさが伝わってくるし、それは巡り巡って人生ってとっても楽しいんですという、関わる皆さんの人生論が展開していくようにも見えた。
書籍「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」(発行:集英社インターナショナル/川内有緒著)も非常に面白いのでぜひ併せてお読みいただきたいのだけれど、ドキュメンタリー映画においては、その体温がリアルに伝わってくるから、さながら彼らの“美術館の中の冒険”を垣間見ているような気さえしてくる。
対話が人生を拓いていく。その瞬間を切り取った映画のような気がした。かつての大学時代の自分が思い出される。美術や芸術を前にするとつい、感性という言葉に臆病になりがちだが、閉ざすのではなく拓くことに道があるのだろう。確かに存在していた友人たちとの“対話”に思いを馳せた。
(志尾睦子)