Monthly Column
ー弱さの向こう側にあるものー
『『冬薔薇(ふゆそうび)』』 上映:9月16日(金)〜 9月22日(木)
2022年 日本 1時間49分 監督:阪本順治 出演:伊藤健太郎/小林薫/余貴美子/眞木蔵人/永山絢斗/毎熊克哉
子どもの頃住んでいた家では、毎年6月になると大きくて真っ赤な薔薇がお目見えした。薔薇が咲くと、母はいつも教室に飾ったらいいわと言って、硬くみずみずしい茎を剪定鋏でパチンと切って、私に一輪持たせてくれた。実を言えば、薔薇は苦手な花だった。棘があるし、大袈裟に華やかな存在感に思えたからだ。それでも、我が家の薔薇は案外と好評で、その美しさと、空間が華やぐその力を、誰もが喜んでくれた。薔薇は苦手だけど、そうして喜んでくれる人たちの感嘆は素直に嬉しかった。
華やぎは時に人を攻撃もするが救いもするのだと幼心に感じたんだと思う。生気に満ち溢れた陽気な花に気持ちが乗らないことはある。でも、冬の冷たい空気の中、ポッと咲く可憐な薔薇には、どんな心にもそっと寄り添えるささやかな温もりがあるようだ。その存在に、かつての自分の感覚が収まっていく気がする。そんなタイトルを冠した本作には、「日本映画」の地味な強さと慎ましさが詰まっていた。 夢も希望も口にはするけれど、それを手に掴む力を持たない青年・淳はいわゆる「半端者」だ。ロクデナシと言葉を変えてもいいだろうが、とにかくこの青年には「実」がない。淳と行動を共にする社会のはみ出し者たちにも、彼らなりの理屈があり、生きる信条があり、葛藤に向き合う気力があるのだが、淳にはそれがどうも見当たらないのである。その理由の一つに、親子関係が潜んでいることが徐々に見えてくる。
淳の両親・義一と道子は横須賀でガット船を運行する海運業を営んでいるが、仕事は減る一方で廃業目前だ。地元にいてその斜陽を感じてきたはずの淳だが、家業に興味を持つこともなく家族への関心も薄い。そうなってしまうきっかけはあったはずなのに、淳も義一も道子もそこに向き合うことがない。誰もが、その気まずさと居心地の悪さを感じながらも何も出来ないのは、弱さと言う一言で片付けられるような代物でもなさそうだ。 物語は淳の周辺が動き出すことによって進んでいく。人間の業が一つ一つ拓かれていくその一連の流れを、彼はようやく「見」始める。その地味に大事な作業を、あまりにしていない日常にはっと気付かされる。
時代に飲み込まれながらも精魂込めて働いてきたガット船の船員たちの存在が、ある種冬薔薇のように目に焼き付く。そこには、長く生きてきたものだけが得られる逞しさと美しさが灯っていた。人間を描くことの面白みをまた味わえた一作だった。
(志尾睦子)