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Monthly Column

ー眩しさに隠れた本質とはー

『逆光』 上映:8月5日(金)〜 8月11日(木)

2021年 日本 1時間2分 監督:須藤蓮 出演:須藤蓮/中崎敏/富山えり子/木越明

今でも時折頭を掠める記憶がある。中学生時代の国語の授業のことだ。先生は、先日見かけたという光景を話し出した。廊下を歩いているときにふと教室を見やると、一人の生徒が給食台を拭いていたと。すでに昼休みで周囲は騒がしかったが、その子は周りの時間に流されず、ただ一心に台を拭いていた。その横顔が美しかったんだと。「美しさってそういうことだと思うんだよ。」と言った。熱い口調というよりは、思わず内面からこぼれた本心という語り口だっだ。どうしてその話になったのか今となっては思い出せないけれど、教師が語ったその「美しい横顔」を私は幾度となく思い描いてきた。短い言葉で伝えられたその「本質」は、10代の私には十分に刺さったのだ。

 

1970年代を生きる若者たちの夏のひとときが、尾道を舞台に描かれるこの『逆光』は、そんな遠い記憶をまた鮮明に思い出させてくれた。そして、職人の手によって丁寧に設えられた美しい小箱のような作品だなと思ったのである。大切なものをそっと守ってくれるような、小箱。本作の脚本家・渡辺あやさんは脚本を書く前から「永遠の一瞬」を映画にしたいと監督に伝えていたそうで、なるほど、「永遠の一瞬」を大切に入れ込んだ箱なのだと、妙に納得もした。

 

主人公の晃が大学の先輩である吉岡を、尾道の実家に避暑で連れてくるところからこの物語は始まる。坂道や階段に差し込む眩い光、眼下に見え隠れする海の青さに、柔らかく白い空。どれもが尾道の空気を余すところなく包括する。晃の幼なじみ・文江は、客人を案内する晃と階段ですれ違うが無視されてしまう。東京で学生を謳歌する青年と、地元で看護婦として働く文江の交差は、彼らが別々に辿って来た数年間の交差でもあり、そのドラマ性の華麗さにこの作品の品が見えた。

 

とても印象的なのは、登場人物誰もが美しい事だ。晃と文江、そしてミステリアスな雰囲気を纏う吉岡にも、ちょっと不思議な女の子みーこにも、それぞれに秘めた心がある。その内面が彼らの顔に、体躯に、立ち現れる一瞬がある。若人にしか得られないあの輝きはもちろんのことだが、70年代という時代性でしか描けない空気感、醸成される人間の感情が、彼らの過ごす時間に刻まれていくことにこの作品の面白さがあったように思う。

 

そしてあえて。彼らの物語を作った製作陣もまた夏の終わり、どんな風にあの階段を降りたのかと想像してしまう。その光景は美しかったに違いない。

(志尾睦子)

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