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Monthly Column

ーRediscover our own townー

『街の上で』 上映:5月1日(土)〜 5月28日(金)

2019年 日本 2時間10分 監督:今泉力哉 出演:若葉竜也/穂志もえか/古川琴音/萩原みのり/中田青渚

いつのことだったか。「ここは町であって、街じゃないんだよ。」と言ったおじさんがいた。なんでそんな話になったのか全く覚えていないけれど、その言葉にドキンとした事だけは今でも時折思い出す。なんでドキンとしたのか。今となってはわからないが、胸を小突く感覚は、なんだか大事なことのように思えた。この言葉を思い出すたびに、噛み砕いてその意味を掴もうともするのだけれど、どうもうまくいかない。

 

辞書をあたれば一つの見解は出てくるのだが、町と街を単純にイメージで分けるものでもない気がする。それ以上に漢字が表現しようとする中身には、それを取り扱う語り手の想いが篭るのだと思う。町・街・まち・マチ。どの表現を使ったとしても、それを発した途端に人の生活と匂い、色合いと空気感をぎゅっと詰め込んだ言葉として放たれる感じがする。そこまででいい。と今は思っている。ある日突然、腑に落ちることがあるのかもしれないから。

 

さて。本作の街は下北沢である。古着屋で働く荒川青の日常が、まるでポートレートのように切り取られていく。ボサボサ頭にざっくりしたTシャツとコットンパンツの青年は、ゆるい時間の中で気ままに生きているように見える。ライブハウスに出かけたり、古本屋で時間を潰したり、行きつけの店に飲みに行ったり。どうやら彼の行動範囲はあまり広くはなさそうだが、当たり前に過ぎていく日常の時間はどこか居心地の良いものになっているようだ。お洒落で可愛い彼女に浮気されて振られてしまったことを除いては。取り戻したくてもできない彼女への未練をいっぱいに抱えながら、青はこの街で時間を積み重ねていく。

 

そんなある日、自主映画へ出演して欲しいとの依頼を受ける。未知の世界への誘いと、可愛い監督に浮き足立つ青は、知らない人たちの輪の中へと入っていく。昨日と今日で街の景色は変わらないし行動範囲もさして変わらないのに、ささやかな自分の変化で、見えてくる街並みが変わっていく不思議さ。それをこの映画は、とっても微細に、そして軽妙に描きこんでいく。それは何も青だけのことではなく、彼を振った雪や、彼と出会う映画制作スタッフ、古本屋の店員にとっても、同じことなのだ。 人が居てこそ街ができ、街があるから人が活き、街が成熟する。夜明けの下北沢に胸がうずいた。誰にとっての「我が街」も、きっとそうした夜明けがあるに違いない。絶妙なタッチにまたしてやられた一作だった。   

(志尾睦子)

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