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Monthly Column

ーどう生きるのかー

『GOLDFISH』 上映:6月2日(金)〜 6月15日(木)

2023年 日本 1時間39分 監督:藤沼伸一 出演:永瀬正敏/北村有起哉/渋川清彦/増子直純

ある時、なぜか希代のミュージシャンとテーブルをご一緒する機会に恵まれたことがある。次々とその方へ質問を投げかける業界人たちの会話を聞いていると、駆け出しの若手俳優が下積み時代の話を聞きたいとせがんだ。するとその方は静かにこう答えた。「ないです。最初から売れたので。」傲慢さも嫌味も一切ない、穏やかな口調だった。一方でその言葉の裏側にある凄みが、一瞬空気を止めた。その座を守り続ける覚悟と努力、何より自分への誓いのようなものが浮かび上がるのを感じた。世の中の評価や、経済力や、やりたいことができるか否かなど、さまざまな線を私たちは引き、そこに影響され生きていく。でも。と思う。それはただの一つのはかりに過ぎない。

 

「亜無亜危異」の全盛期を私は知らないが、その名前は知っている。いくつかの音楽もエピソードも時を経て耳に入ってきた世代だ。誰もが通るように、世界の名だたる(その基準さえ曖昧だが)アーティスト達の音楽と人生を聞き齧り、いつしか27歳の死に敏感になった。人と違う事や感性に羨望し、栄光と挫折はなんたるかを知った。そうして自分も歳を取り、日々忙しない時間に埋もれているが、本作のような作品に出会うと、あの頃が急激に色鮮やかによみがえる。何者でもない、けれど、誰かになりたかった自分。そしていつまでも憧れであり続けた孤高の人達。両者の間には確実な線があったけれど、心の中はきっと誰もが同じ孤独を抱える瞬間があった。その孤独の本質は同じだ。ふと、冒頭の出来事が思い出された。ああ。あの時感じたのはこれかと思う。『GOLDFISH』は、その事実を映画として見事に描いた作品だと思う。

 

実在の人物がモデルだが、そこに引っ張られているわけでもない。誰もの話なのがこの映画の一番の魅力だ。それは、銃徒(ガンズ)メンバー演じる俳優部の素晴らしさゆえであり、もちろんそれは人間を映そうとする藤沼監督の手腕あってこそだと思う。そしてその初監督作を支えたのは、その下の世代である港岳彦氏の脚本力も大きいに違いない。それぞれの時代性を描きこみながら、世代の偏りを許さない。それがいいのだ。盟友たちの再会から始まるこの物語は、それぞれが生きてきた時間を手繰り寄せ、いまを描く。歩道橋で語らう男たちの姿に、大きな看板に向かう少女の横顔に、いつかの自分を見つけ、いまの自分を振り返った。どう生きるのか。それは自分にしか出せない答えなのだろう。

 

(志尾睦子)

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