Monthly Column
ー夢か現か幻か –見定める価値–ー
『ゆめのまにまに』 上映:2月17日(金)〜 2月23日(木)
2022年 日本 1時間41分 監督:張元香織 出演:こだまたいち/千國めぐみ/中村優子/村上淳
古着を買ったことが一度だけある。学生の頃だ。デニム地のシャツジャケットで、アメリカの60年代物と説明されたろうか。大振りの襟元とあまり見かけないボタンのデザインに惹かれた。そして、何よりも年季の入った生地にしかない手触りに、気持ちが高揚したのを覚えている。とはいえ当時の自分には高価すぎて、手が出なかった。それでも、なぜか私はその洋服が気にかかり、その後数回店に足を運んだ。その度にそのままそこにある服を、私はついに手に入れることになった。そんな風にして買い求めた服は思い返せばあの一着だけだ。見知らぬ、過去を生きた人が最初に手に入れた洋服を、年代を越えて自分が身に着けるという不思議。20代の私は着るたびにそんな思いを胸に秘めた。誰かのエネルギーが自分に宿るような気がして、特別で大切な一着となったのだけれど、それも時間の流れの中において、いつしかケースの中にしまわれたままになった。
引き寄せられる。そんな風にして出逢った洋服のことを本作で思い出し、時の巡りにまた驚嘆する。映画の舞台は浅草に実在する路地裏の古物堂だ。大正時代をメインテーマとして品々を並べるこの店には所狭しと品物が並ぶが、それらは不思議と慎ましくお行儀よく、いるべき場所に収まっている印象を受ける。店主は風来坊で留守がち、代わりに来客を丁寧に対応するのは店番のマコトだ。決まった時間に窓を開け、箒で店先を掃き、床を雑巾掛けする。クーラーのない店の中で涼しげに生きている彼はもうすでに“この世界”の住人なのだろう。そこにある日一人の女性がやってくる。来る日も来る日もやってくる。彼女がこの店を訪れた目的は店主だ。でもそれは表面的な目的であり、本当の目的はその感情の奥側にあることがわかってくる。誰かが大切にしていたものが時間を経て他の誰かに大切にされる。その受け渡しをする店の中で、人の感情もまた洗い出され、整頓されて、良きところに収められていく。マコトは店の中で彼女の気持ちに触れ、彼女はマコトから“店の世界”に誘われながら、自分の感情の整理をしていく。
“あわい”が美しく描き込まれた映画だと思う。日常と非日常の“あわい“、夢と現(うつつ)の”あわい“、現(うつつ)と幻の“あわい”。感情に支配されがちな人間の脆弱さを冷静に見つめる時間が、この古物堂にはある。自分が意志を持って生きることの優雅さが、描きこまれた素敵な一作であった。
(志尾睦子)