Monthly Column
ー見ることは自分への問いかけー
『ケイコ 目を澄ませて』 上映:12月16日(金)〜 終了未定
2022年 日本 1時間39分 監督:三宅唱 出演:岸井ゆきの/三浦誠己/松浦慎一郎/佐藤緋美
近い距離になればなるほど、人は人の顔を見ていない。実生活で感じる事の一つだ。人と話す時は目を見て、とは言うものの、案外できていない場面もあるものだ。コンビニで買い物をする時、名刺交換をする時、おはようと声をかける時、人は互いの目を見ずとも無意識な動作の一連で、会話が成立してしまうことがある。意識して相手の目を見ようとする時に私が気づくのは、多くの相手が私の顔を見ないということだ。広角では捉えているが、正面切って目を見つめる瞬間が少ないのだ。もちろん自分も、あ、ちゃんと目を合わせなかったなと思うこともある。相手を見る、ことは翻って自分を見る、事だ。相手をきちんと捉えること。それが、”無意識な動作”と”自分の行動”の違いなのではないか。それが、本作を見て一番感じた事だった。
プロボクサーのケイコは、音のない世界に生まれた。下町の小さなジムで、日々ボクシングと向き合う日々を過ごしている。トレーナーも、会長も、おそらくケイコも、耳が聞こえないことをハンディキャップと考えてはいない。ただただ、ボクシングに魅せられ、自分自身と向き合い、練習し試合を重ねるケイコを、周囲の人々がストレートに受け入れてきた証だ。愛想笑いもできず、正直すぎるケイコは、つまずくことも、うまくいかないことも往々にしてある。ケイコは耳が聞こえないから、思ったことをすぐ声に出すというコミュニケーションも取れない。声が相手に届かないことでの社会的”不自由さ”が常にあるのは事実だ。ケイコのボクシングには、彼女の人生そのものにおける、さまざまな戦いが抱え込まれてもいるのだ。そんなケイコを不憫に思い心配する母親や、気に掛ける弟を前に、ケイコは時に戦い続ける事に足を止めたくもなる。
立ち止まるのも勇気だ、と思う。ジムを閉じることに決めた会長の苦渋の決断も勇気の一つだ。彼らはいつも互いの目をきちんと見つめ合う。それができるのは、相手を見ることが自分の心の目を見つめることだと知っているからかもしれない。至近距離で相手の目を見て殴り合う。そこには自分の闘争心も恐怖も全て見えてしまうのだろう。
一瞬の生の輝きを、場が醸成する人間のエネルギーを、どうしたら捉えられるのか、三宅唱監督はよく知っている。16ミリフィルムの質感も、光も音も全てがケイコを通して私たち人間を露にしていく。”自分を生きる人”が丸ごと描かれた尊い映画だった。
(志尾睦子)