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Monthly Column

ー生命に生かされるいのちー

『もみの家』 上映:7月11日(土)〜 7月24日(金)

2020年 日本 1時間45分監督:坂本欣弘出演:南 沙良/渡辺真起子/二階堂智/菅原大吉

先日山椒の実をいただいた。ほんの少しだけど、と言われた量の多さに驚く。両手のひらを広げても乗せきれないほどわさわさと。さっき摘んだばかりだという枝付きの実は青々と目に眩しく、プクプクとハリがある。すでに芳しい香りが鼻をつく。手の平で山になった山椒をしげしげと眺めた後、下ごしらえに取り掛かる。丁寧に洗い、茹でてアクを抜く。簡単な行程だが、指先の腹で感じる粒の弾力に自然と神経が集中していく。生命力を受け取る瞬間だ。始める前は枝を取り除く作業が面倒かもと思ったことも忘れ、しばし没頭してしまう。山椒の、柔らかくも美しい香りを感じる中で、ふと、自分がまるであの『もみの家』の台所に立っている気分になった。あの子たちも今この山椒の実と戯れているのではないかと。きっとその表情は明るいに違いない。

 

本作の舞台となるのは自立支援施設・もみの家だ。東京で両親と暮らす16才の彩花はある時から学校に通えなくなった。半年も家に引きこもる娘を前に、困り果てた母親はすがる思いでこの富山県にあるもみの家に彩花を連れてきた。ここは学校に行けない子や、家族との問題を抱えた子たちを受け入れる民間の施設で、小学生から二十代前半までの子たちがいる。主宰者の泰利とその妻・恵は全国からやってくる子どもたちとともに農業をしながら共同生活を送る。 早寝早起きし、当番制でご飯を作り、掃除をし、畑に出て自分たちが食べるものを育て収穫する。人間の暮らしが四季の移ろいとともに描かれる。画面に映るいくつかの事象は日々の生活の中の数カ所でしかない。その出来事の向こう側に数多ある時間が生活として浮かび上がってくることがこの作品の良心だと思う。

 

心を閉ざしてしまった少女が、もみの家で生活をする中で心を開き、自立していく。ストーリーを簡潔に語ろうとするならそうでしかないのだが、描きこまれるのはその人生を構成する[ひと]であり、[生命]だと気づく。もみの家の住人たちの、ちょっとした仕草や言葉に彼らのかつての時間が浮かび上がる。ご近所のおばあちゃん・ハナエの立ち居振る舞いに、その80年以上の軌跡が垣間見える。地域の文化を伝承するのも、野菜を育て、米のモミを丁寧に取り除くのもひとの心と手なのだと伝わってくる。 忙しさにかまけ、結論を急ぎすぎる世の中に身を置いていると忘れてしまうことがあるものだ。『真白の恋』でひとの緩やかな成長を優しく綴った坂本欣弘監督の手腕が光る一作だ。

(志尾睦子)

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