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Monthly Column

ー母なる海と大地の子ー

『夕陽のあと』 上映:1月11日(土)〜 1月24日(金)

2019年 日本 2時間13分監督:越川道夫出演:貫地谷しほり/山田真歩/木内みどり

ヒタヒタと漁港に打ち寄せる波。陽が昇る前の薄暗く青白い時間は、生命の誕生を司る海の神秘さと、漁業に勤しむ人々の勤勉な生活を美しく浮かび上がらせる。大量の魚の青白い腹は、新鮮な生命の躍動を伝えてくる。島の生活を支える大切な命が、漁師たちの手を介して漁港で待つその妻たちに繋がれていく。 鹿児島県長島町を舞台に紡がれるのは、現代社会が大切にすべき人のつながりだ。広大な海、どこまでも続く水平線、豊かな緑と大地の恵み、血肉を作る新鮮な魚、美しく輝く深いオレンジ色の夕陽と、温かく優しい島の人たち。その全てが余すところなく、カメラに収められていく。大自然とともに生きる人々の穏やかで慎ましい生活風景が胸に落ち着く。

いつもの朝。両親が朝の漁に励む頃、漁港の目の前に住む小学生の豊和は祖母と二人で朝食をとる。両親が今何をしているのかをちゃんと理解している豊和は、豊かな1日をそうして始める。友達と一緒に学校へと走るとき、ひと段落した両親の顔を見るのが日課だ。漁港近くの食堂には、一年前に東京からこの地へ移り住んできた茜がいる。母とさほど年齢の変わらない彼女を、豊和はアカネと友達のように呼び捨てにし朝の挨拶をする。茜もそんな豊和や島の子どもたちを気にかけ、笑顔で送り出す。

豊和の母親・五月はこの島で生まれ育ち、この地の名産であるブリの養殖を夫とともに生業にしている。五月夫婦は、不妊治療を経て里親になった。豊和は赤ん坊の頃、二人の元にやってきた里子だ。不妊治療の費用で生活が圧迫されていた夫婦は、それが落ち着くまでは養子縁組の申請ができないと懸命に働いてきた。豊和が8歳になる直前、いよいよその時が来たのである。五月はこれで本当の母親になれると心を弾ませている。そうした中、島にさざ波が揺れる。生みの親の深い悲しみと子への愛情が、揺るぎない愛を注いできた育ての親の前に立ちはだかるのだ。

映画は人の感情を見つめ、心の機微を丁寧に掬い上げる。と同時に、その背景に潜む閉塞した現代社会や、どうにもならない現実にも鋭く切り込んでいく。善悪では判断できない社会構造の歪みを、ではどうやって私たちは払拭できるのだろうかと問いかける。

確かなことは、この島にワンオペという文字は存在しないということだ。島での暮らしが人々にもたらす「生き方」こそが、何かを教えてくれるのだろう。 母なる海を染める夕陽に、人々の願いはきっと届く、そんな気がした。(志尾睦子)