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Monthly Column

ー涯から中へ 想像の翼が運ぶ物はー

『世界の涯ての鼓動』 上映:10月12日(土)〜 10月25日(金)

2017年 ドイツ他 1時間52分監督:ヴィム・ヴェンダース出演:ジェームズ・マカヴォイ/アリシア・ヴィキャンデル/アレクサンダー・シディグ

大学時代、ヴィム・ヴェンダース作品に触れた時の感触は今でも思い出せる。『ベルリン・天使の詩』や、『パリ、テキサス』が代表作と知りながら、なぜか私の初ヴェンダースは『さすらい』だった。映画を観始めたばかりの私には難しくて居眠りもしたけれど、終わる頃にはこれまでの怠惰な学生生活に少しの光が差した気がした。そこから、前述の2作も含め日本で観られるヴェンダース作品は瞬く間にコンプリートした。人生の旅路だったり、ロマンチックなラブストーリーだったり、サスペンスだったりとテイストが変わる中で、私は多くのことを彼の映画から学び取った。東西ドイツ分断の歴史やヨーロッパそして世界が辿ってきた道、戦争の記憶や、現代社会の成長と低迷、そして人々のもがき。映画にはいつもそうした事柄が染み出すように現れでてくる。小さなブラウン管で見続けたビデオからでも、世界は広がっていったが、それでいて謙虚で慎ましい映画の趣に魅了された。

さて、敬愛なるヴェンダース監督の最新作は、若きプロデューサーとの、原作物の映画化。いろんな意味での新しい挑戦があったろうと想像するが、本作もまたヴェンダース流の映画の作法と礼儀と責任が詰まった作品になっていた。 海洋生物数学者のダニーは、前人未到の深海探査隊の一員である。いまだかつてないプロジェクトに任命され栄誉を得た若き学者だが、それは同時に死のリスクを負うものでもあった。彼女は海へ出る前の休暇をノルマンディーの浜辺で静かに過ごすが、そこでナイロビに住む水道技師のジェームズに出会う。実はジェームズはMI6の諜報部員で、数日後には爆弾テロ阻止のためソマリアへ潜入する身。無論そのことは伏せたまま彼らは恋に落ち、別れる。

それぞれが向かう彼の地は、現代的な問題を象徴する。アルカイダに拘束されたジェームズは拷問を受ける中で精神崩壊の狭間に揺れる。ジェームズを傷めつけるソマリアの戦士たちは、現代社会が生み出した一つの形として立ち現れるが、あくまでも人間として鋭く描き出される。他方、ダニーが乗り込む深海探査船は生命の起源を証明するための重要なものだがヨーロッパに一隻しかない。社会構造が生み出す「いま」の世界が見えてくるようだった。

同時に本作は紛れもない壮大なラブストーリーでもある。生命の根源が彼らの思いをつなげる時、新しい風が吹いてほしい、そう心から願わずにはいられなかった。 (志尾睦子)