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Monthly Column

ー時代が生み出す青春映画のキセキー

『無限ファンデーション』 上映:8月24日(土)〜 9月13日(金)

2018年 日本 1時間42分監督:大崎章出演:南沙良/西山小雨/原菜乃華/小野花梨

青々と茂る田園風景の中を自転車が走る。と、その背景に白い車が同じ方向へと進み少女を追い越してやがて画面に小さく消えていく。自転車と車の対比に風を感じ、十代の女の子が漕ぐ自転車のペダルの重さを感じ、それでも進むべき道があることを感じる。その素晴らしい冒頭に一気に映画に引き寄せられた。 映画というのは時として、こうして世界に誘われるものだ。かつて相米慎二監督の『台風クラブ』で、大西結花演じる美智子が教室の窓を開けようとする時、ガラスに映る彼女の顔の中央を白い車が横切ったあの一瞬の演出を思い出した。まだあどけなさが残る女子中学生の顔は不機嫌であるが、これこそが揺るぎない生命力に満ち溢れた個体なのだと、潜在的に脳裏に焼きつかせた瞬間だったと記憶する。『無限ファンデーション』で自転車を漕ぐ少女の表情はきっと不機嫌に違いない。そしてこの絵が狙ったものなのか偶然の産物なのか、どちらにせよ確かにここには映画の神が降りていると確信を持った始まりに胸が踊った。 本作は十代の若者たちの“イマココ“を切り取る。全編が即興演劇であることは一つの特徴として取り上げられるが、そこだけで語る類の作品ではない。映画における対比と葛藤が見事に調和するところにこの映画の最大の魅力がある。 友達とうまく馴染めない少女・未来と、皆で何かを作り上げる喜びをすでに知っている演劇部の部員たち。物にあふれたカラフルな日常空間と、使われる使命を終えたものが集うスクラップセンター。内に秘めた思いを抱える未来と気持ちを歌にして外に放つ謎の女性・小雨。自分がいた世界から一歩外に飛び出すことの勇気、そこで得る喜びの裏には、挫折があり悲しみがあり怒りがある。その心の機微を縦横無尽なカメラワークと細やかな映像センスで掬い取っていく。映画を生きる役者としての少年少女と、その世界で生きる登場人物たちのオーバーラップはまさに今の時代にしか、もとい大崎章監督でしか映し出せないものかもしれない。 『台風クラブ』は1985年、昭和60年の作品だった。彼らの鬱屈は大人へと向き、社会へと向いていた。時を経て平成が終わりを迎える時に切り取られた“今”の青春映画『無限ファンデーション』に出てくる若者は高校生だ。同じように鬱屈したものを抱えてはいるがそれは内側に向いていく。自分に対して彼らは悩み苦しむ。大人になる一歩手前の彼らと大人との対比がまた時代性を物語る。 人が時代を作り、時代が人を作る。その弊害を嘆く映画は多いが、これは一転してそれを謳歌する。今を生きることの意味をそこはかとなく綴る青春映画は、日本映画界にささやかな風を巻き起こすに違いない。
(志尾睦子)