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Monthly Column

ー真実は一つしか残らないー

『赤い雪 Red Snow』 上映:7月6日(土)〜 7月19日(金)

2019年 日本 1時間46分監督:甲斐さやか出演:永瀬正敏/菜葉菜/井浦新/夏川結衣/佐藤浩市

ぼんやりとした景色の中、揺れる人影に誘われるうち迷宮に入り込んだ。しんしんと振り注ぐ雪に突然郷愁を呼び覚まされ、胸の奥が軋む。自分に同様の何かがあったわけではない(はず)だがなぜかそんな感覚にとらわれる。海辺の田舎町、その音と匂い、湿った空気感に飲み込まれる。
幼い頃、友達の家に忘れ物を取りに行くと言って家を出た幼い弟を、雪の中見失った兄。そのまま弟は消え、近くに住む女が少年誘拐に関与していると考えられた。しかし、事件は闇に葬られ、30年の時が過ぎてしまう。あの時の兄は、いまだ見えぬ真実に囚われ、重い重い足枷をはめ、今を漂うように生息している。生きている、とはいえぬほど彼の神経は衰弱しているように映る。肉体がある、から彼はそのままに息をし時を重ねていくが、彼はまだ30年前に入り込んだ迷宮の中にいる。
そしてもう一人、同じような目をした女がいる。かつて容疑者とされた女の娘だ。彼女もまた、子ども時代の出来事に囚われたままだ。失踪事件を軸に見ていくならば、彼らは、真実に近いところにいながら、それをつまびらかにできないまま30年という時をその中で生き続けてきたことになる。つまるところ、被害者の兄と加害者の娘は、秘密の花園の中にずっといるのである。それがある日、事件の真相に迫る記者という外部からの侵入者に脅かされる。秘密の花園は、踏み荒らされると同時に、程よく手入れもされることになる。
これは過去に囚われた人たちが真実を見つけようとする話だ。真実を知るためには事実を洗い出さねばならない。では事実はどうやって証明できるのか。それは目に見える出来事であってイマココ性を持つ必要がある。だがイマココは過ぎた瞬間に過去になり記憶になる。この記憶が事実であるか否かは、ではどうやって証明できるのか。
秘密の花園に閉じ込められた記憶を呼び覚ますのは外部からの侵入者だ。侵入者にとっては花園に住む人間の歪み、心の闇は一つの要素に過ぎない。当事者とそうでないもの。それも明確なようで実は曖昧な線でしかない。だから見たい真実というのは多様性を孕んでしまう。しかし真実は一つしか残らないに違いない。そう感じさせられながらも、私はまだ惑いの中にいる。
静かでありながらダイナミックな世界観を感じさせるとても面白い映画だ。素晴らしい役者陣の存在感なくしては描けなかった世界であることも特筆しておきたい。

(志尾睦子)