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Monthly Column

ー地続きに広がる世界の在り処ー

『半世界』 上映:6月22日(土)〜 7月5日(金)

2018年 日本 2時間監督:阪本順治出演:稲垣吾郎/長谷川博己/池脇千鶴/渋川清彦

日本語というのが実に繊細で感覚的な表現力を持った言語だと思うのは、こうしたいいニュアンスの言葉に出会う時だ。半世界の言葉が指す意味を、すぐさまこういうことだ、とは言い当てられない解釈の幅がここにはある。形として説明可能な満月と半月の関係性でもなさそうだし、成熟度合いを表現する一人前と半人前の関係性とも少し違いそうだ。観念的な「世界」の一側面を指すであろう半世界というタイトルが魅力的である。すんなりわかった気になってしまうけれど、よくよく説明しようと思うと一瞬戸惑う、不思議な言葉。
さてこれは阪本順治監督の新作である。今回は、山と海に囲まれた田舎町で生きる人々の物語だ。家業を継ぎ山奥の炭窯で備長炭を製炭する職人・紘の前に、幼馴染の瑛介が現れる。高校卒業後自衛隊に入隊し近年は海外に派遣されていたという瑛介だが、妻子と別れ仕事も辞めこちらに戻ってきたようだ。紘と同じく家業を継ぎ自動車販売店を営む光彦も交え、久しぶりに幼馴染3人が揃う。楽しく酒を酌み交わす時間もあれど、何か大きなものを抱えていそうな瑛介を前に、紘も光彦も聞き出すことができない。
3人の日常はさりげなく、しかしながら丁寧に描かれて行く。紘は炭窯に入り、すべての行程をたった一人でこなして行く。孤独な作業は、同時に何かから逃れるように没入していく男の刹那として映る。ストイックに仕事に取り込むあまり、家庭のことは妻の初乃に任せきりな紘の無骨さがわかる。だから中学生の一人息子・明の変化にも気がつかない。一方独身の光彦は、年老いていく両親祖父母そして姉と暮らし店を切り盛りしている。毎日全員を集めてラジオ体操をする光彦は、おそらく幼少時からムードメーカーであり皆の調整役だったのだろう。彼は明にも気負いなく声をかけるような大人であり、何も言わない瑛介の様子を常に気にかける良き友人だ。そして瑛介は、旧友たちとの時間が増えることで、少しずつ過去に向き合い今の時間を取り戻すようになって行く。
本作は、「いい歳」と言われる年齢の彼らが次なる道を進む物語だ。だからと言って有り体の自分探しをする物語では全くない。少し自分をうまく見出せなくなっている人に、その居場所を作る側の話を、描くのだ。人は誰かのための世界にもなりうるということかもしれない。
小さな町で生きる人たちの生活は「地続きに広がる世界の在り処」を感じさせる。どこにいようと世界は繋がっている。そして人から人へ時間も世界も伝わって行くのだ。
阪本作品にはいつも世界の広がりが見える。そこに日本らしい感覚と表現が重なるところが唯一無二の阪本ワールドなのかもしれない。

(志尾睦子)

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