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Monthly Column

ー体に美味しいものは心にも美味しいー

『家族のレシピ』 上映:3月9日(土)〜 4月5日(金)

2018年 シンガポール他 1時間29分監督:エリック・クー出演:斎藤工/マーク・リー/ジネット・アウ/伊原剛志/別所哲也/松田聖子

中学生の頃、おふくろの味は何か、という話題になったことがある。卵焼きとか、お味噌汁、など友人たちから出る中で、私は率直に、「パン」と答えた。母は天然酵母でパンをよく焼いてくれた。とても美味しくて、母のパンの味と他のパンの味が明らかに私にとっては違うものだったから、とても自然な答えだった。のだが、友達からは一斉に「それおふくろの味じゃないよー!」と笑われた。和風でないとおふくろの味とは言わない、という観点である。動揺を隠せない私に、居合わせた幼馴染が「たけのこご飯にしなよ」と助け舟を出した。そして、母が季節になると作ってくれる我が家の定番たけのこご飯が、全会一致で私のおふくろの味になった。
小さなエピソードだが、これは当時の私には衝撃的な出来事だった。私が初めて、日本イメージ、そして固定観念というものに直面した瞬間だったと思う。久しく忘れていたそんな思春期の1ページを『家族のレシピ』を見て思い出した。
主人公は高崎で家業のラーメン店を営む真人である。真人の母親はシンガポール人で、彼が10歳の頃に他界した。真人は父の弟夫婦に面倒を見てもらい成長し、今は父と叔父と3人で店をやっている。寡黙な父・和男とはここ数年まともな会話が成立せず、父子の関係はとても微妙だ。そんなある日父親が急逝する。遺品から、母の日記帳と1通の手紙を見つけた真人は、何かに導かれるようにシンガポールへと向かう。
これは、自分のルーツを辿り、己の道を拓いていく物語だ。真人はシンガポールへ旅立つことで、今まで知らなかった父のこと、母のこと、そして家族のことを知っていく。長く分断されてきた家族の物語は、どこから始まり、どんな悲しみと怒りを生んできたのか。シンガポール人と日本人の間に生まれた真人は、自分が何者なのかを問うていく。彼を導いていくのは、一つの「味」だ。肉骨茶(バクテー)屋の娘だった母・メイリアンがよく作ってくれたスープの味。そしてそれは祖父の代から伝わるメイリアン家のスープの味でもある。
シンガポールのソウルフード肉骨茶を元に、真人は新しい家族のレシピを作る。自分にしか作れないRAMEN -TEHが出来た時、彼らの家族にはまた新しい物語が始まるのだ。
食事は言わずもがな人の体を作るものだ。そして同時に食は心を育むものでもある。さらにそれは自分一人の問題ではなく、社会や歴史も変えるものなのだと思う。
大切な自分の「味」はなんだろうかと今一度問いかけてみよう。それは明日に繋がる大切な道しるべになるはずだ。温かく豊かな映画に出会えたことに、深い感謝を表したい。

(志尾睦子)