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Monthly Column

ーようこそ、ワイズマンの世界へー

『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』 上映:2月9日(土)〜 2月15日(金)

2015年 アメリカ他 3時間9分監督:フレデリック・ワイズマン

ワイズマン全作品上映をするのがいつかの夢だ。上映者の使命は、映画製作者がつくりあげた素材で、彼らが観客に届けようとしたカタチに限りなく近づけて上映することにある。その意味でも、長らく『ワイズマン作品を上映をしたい』はとてもハードルの高いものだった。それはすなわち16ミリフィルム上映を意味してきたからだ。ワイズマンがどれだけすごい作家なのか、どれだけ魅力ある作品群を残してきたのかは、諸先輩方から聞き続けてきたものの、16ミリ上映以外に見る方法がなかったから、その機会はとても限られたものだった。初めてワイズマン作品を目にした時の感動は正直内容よりも、それが見られる行為に対しての興奮の方が大きかったほどだ。無論今現在でも私は全作品を見てはおらず、16ミリ作品は数作にとどまる。『パリ・オペラ座のすべて』(2009)以降は35ミリ、そしてデジタルにもなり、DVDの販売までもされているのでワイズマン作品はぐっと身近になった。そうなれば見逃してはならんと鑑賞側の見る姿勢にも力が入るというものだ。
ドキュメンタリーにも様々な作風がありアプローチ方法があり、作家性がある。ワイズマン作品は、綿密な取材と構成の元に製作されるものとは少し違い(と言い切るのも語弊があろうが敢えて)、テーマを決めるとカメラを回しとにかく撮影をしてしまうという。記録された出来事を資料として、その本質をどうやったら見つけ出せるのか編集しながら探し出していく手法だ。「観察映画」とも表現されるように、一定の距離感を持って事物をカメラに収めていく。作り手が語るのではなく、まさしく映画の中の題材が語るのである。
本作は、人種のるつぼであるニューヨークの街・ジャクソンハイツが舞台だ。世界中からの移民が集まり形成されてきた街は、多言語が飛び交い、様々な民族、文化が共存する。LGBTやマイノリティを受け入れてきた街は一方でマジョリティの渦に飲み込まれ始めてもいる。カメラはこの街で暮らす人たちの声にただ、耳を傾けていくだけだ。当然街にはいろんな場がある。市民集会での会話、教会に集う人々の声、公園でくつろぐ人のふとした言葉、再開発に脅かされる商店街の人たちの共闘。その声や表情一つ一つが今あるジャクソンハイツを物語っていく。この映画を観る行為はいわばその場に一緒にいるようなものでもある。
実に面白く雄弁な映画だ。またワイズマンに魅了されてしまった。

(志尾睦子)

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