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Monthly Column

ーその刀は何を斬ったのかー

『斬、』 上映:12月1日(土)〜 1月4日(金)

2018年 日本 1時間20分監督:塚本晋也出演:池松壮亮/蒼井優/中村達也/前田隆成/塚本晋也

『KOTOKO』を高崎映画祭のクロージングで上映したときの事を時折ふと思い出す。2012年4月8日のことだ。『KOTOKO』の東京公開初日がその前日ということで、特別に上映させてもらえる1回だった。
『KOTOKO』は、幼い息子を育てるシングルマザーが、息子を守ろうとするあまりに恐怖にとらわれ、現実の世界で上手く生きられなくなっていく様子を描き出した物語だ。東日本大震災が起きて間もないこともあり、予測不可能な事態にある日突然巻き込まれる恐怖、そして社会を包み込む不穏な空気をこの作品から敏感に受け取った。登壇いただいた塚本監督に、そんな切り口でお話を伺っていくと監督から「戦争」という言葉が出てきた。戦争が近づいてくる、この恐ろしさをいつも感じていると。その一言に私はショックを受けた。社会不調和の中に沈む親子愛の物語として観ていた私は、その向こうにもっと大きな悪が見え隠れしていることに気づいていなかったからだ。日常生活の延長線上に戦争がある。ヒタヒタと自分のすぐそこに来ている。話を続けながら映画を回想し、映画監督の奥深い生業に思いを寄せた。あの時の感覚は、それ以来私にとって映画を見る指針になっている。
数年後、真っ向から戦争を描く『野火』が発表された。人間が人間でなくなる瞬間が刻まれた、時代に投げかける映画の力に圧倒された。
そして、『斬、』である。『KOTOKO』、『野火』そして『斬、』は私の中で確実に一本の線で繋がる。人為的狂気の大きな渦が戦争であるとすれば、その始まりの小さな点、無数にあるうちのある一点がここには描かれるからだ。
鎖国によって泰平がたもたれていた日本が開国に揺れる頃の幕末期。江戸近くの農村に身を置いていた侍の杢之進は、刀を持つことの意味を深く知るがゆえに、それを人に向けることを拒否する。しかしそれが自分の、もしくは大事な人の命を危険にさらすことになることも知っている。
平穏に暮らす人たちの悪気のない一言が、大きな出来事を生んでしまう悲劇。極悪非道な無頼者が生まれてくる道理。杢之進が手にする刀は、あらゆることの権化として鋭い光を放つ。時代劇に置き換えることにより、その本質が剥けて見えてくるのだと痛感する。命をつなぐ水と、生命力を放つ青々とした緑と、穀物を育み人の道をつくる土の匂いが、理性と欲望が混ざり合う人間の性(さが)をむき出しにしていく。
シンプルでこの上なく美しい映画だ。これこそ塚本ワールドの真髄である。

(志尾睦子)