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Monthly Column

ーなりたい自分はどこにいる?ー

『たった一度の歌』 上映:10月20日(土)〜 10月26日(金)

2018年 日本 1時間44分監督:宮武由衣出演:高橋和也/岡田浩暉/UEBO

来年で平成が終わる。歴史の節目がまた一つ増えるということだ。平成が始まったのは私が中学生の時だった。昭和六十四年一月三日に祖母が亡くなり、葬儀を六日にした。七日から平成元年だから祖母とともに昭和が終わったという印象が強い。だからか、積み重ねた年月は平成の方が長いのに、どうも自分は昭和の人間なんだという自負にも似たものがある。人がどう生きるか、というのは千差万別でありながらも、ひとつの時代性は確実にその人生に刻まれていくものなんだと思う。
本作は、そんな昭和の時代性を背景に今を生きる人たちの物語でもある。埼玉県本庄市で生まれ育った肇は高校を卒業し市役所職員になった。50代に差し掛かる男やもめ。テレビを見ていると、モノマネ歌手として活動する高校時代の親友・紀彦の姿がある。一緒に音楽を始めた二人だったが、紀彦は高校をやめて夢を追い東京へ行ってしまった。あれから随分と年月が過ぎ、時折こうして紀彦の姿をテレビの中で見るけれど、それはかつて紀彦が夢見た歌手の姿とは違うことを肇は少し切なくも感じている。そして自分も、若い頃思い描いたなりたい自分とはちょっと違った大人になった。
肇は近く行われる桜祭りで、地元出身の大物歌手・後藤田と、この町の農業に携わる青年ヨージをリーダーとする農業青年合唱団とのジョイントライブを企画していた。そんな折、三十年来会っていなかった紀彦が突然肇の前に現れたことで、彼らの止まっていた「時代」が再び動き出していく。
肇と紀彦、そして紀彦が真似をする本家の後藤田もまた、昭和から平成を駆け抜けた人たちだ。バブル景気があり崩壊があり、人の暮らし方が変わった。個人が得られる情報量が上がり個人の出来ることも増えた一方で、豊かだった川の水がなくなるくらい社会や環境は変容し大きな何かが失われてもいる。
誰でも同じように悩み苦しむ時期があるが、その時間を取り巻く時代性は、人生の構築に影響を及ぼす。その時代感覚がこの映画の中には丁寧に散りばめられる。肇・紀彦・後藤田・ヨージは桜祭りを起点にして大事な自分の「時代」と「時間」を手に入れていくのだ。重層的な構成で四人四様の心情を表情豊かに描きだし、気づかなければ過ぎ去っていくはずの大事な時間の在り処を提示していく。
それぞれの人生が一つの楽曲に集約されたとき、物語は大団円を迎える。今の時代だからこそ描ける、懐かしい匂いのする新しい映画だと思った。

(志尾睦子)