印刷用ページを開く

印刷用ページを開く

Monthly Column

ー生きるための勝負ー

『菊とギロチン』 上映:9月8日(土)〜 9月21日(金)

2018年 日本 3時間9分R15監督:瀬々敬久出演:木竜麻生/東出昌大/寛一郎/韓英恵

「瀬々さんの次作は、女相撲の話をやるらしい。」という言葉を誰からいつ聞いたのが最初だったか覚えていないのだが、随分と前から「女相撲」をテーマにした映画を撮る、というのは幾度となく耳にしていた。そんな会話の中ではいつも中身に触れることがなく、ただ「女相撲」と「瀬々敬久」いう単語の組合せが耳に残った。漠然と、女相撲に取り組む現代女性の物語なのかなあ、と勝手な解釈をしていたし、そもそも私は女相撲興行が隆盛を誇っていた時代があることすら知らなかったから、完全なフィクションを面白おかしく作り出すのかと思っていた。
次作の噂が私の耳を通過する頻度が強まってきたのが5年ほど前だったろうか。ようやく映画の輪郭が見えてきた。「女相撲」の映画は『菊とギロチン』というタイトルらしい。瞬間的に現代劇じゃない気がした。もうネーミングからおどろおどろしい。ギロチンと言ったらフランス革命、首斬り処刑だ。権力への抵抗がちらつく。どうやら大正から昭和初期にかけて活動していたアナキスト集団ギロチン社をモチーフにした企画も前々から構想があったらしく、それと女相撲を合わせるらしい。同時代に実在した二つのグループの共通点を引っ張り上げ、彼らを劇中の中でひきあわせる作戦のようだ。瀬々さんの混沌世界が爆発するに違いない。なおかつ、脚本には映像集団・空族の相澤虎之助が参加している。いやあ、これはもう。もう完全に権力への抵抗の匂いしかしない。観たいような観たくないような、そんな感覚が体の中を駆け巡った。きっと何か「変なもの」を観させられるに違いない。(あえて言うが、愛情を込めての表現である。)期待を胸に、映画の完成を待ちわびていた。
そうしてようやく今夏全貌を現した『菊とギロチン』、3時間9分という長丁場に心していたのが嘘のようにあっという間に終わってしまった。弾丸のようにエネルギーと速度を持った映画だった。
舞台は大正末期。関東大震災が起き、それまでの自由でおおらかな時代がガラガラと音を立てて崩れさる日本の混迷期だ。かの時代に、自由を求めて自分らしく生きようともがいた人たちの、「彼等の真実」を描き出して行く。女力士たちの相撲道に対する気迫、一座を束ねる親方の相撲興行への誇りとそれを守り抜くための一本気、高らかに革命を掲げ走り回るギロチン社・青年たちの自由への希求。どれもが鋭く胸を突く。
厳しい現実の中、事実はいつでも一つしかない。それをどう、自分の真実にしていけるのか。それが生きるための勝負だ、そんなことを思った。

(志尾睦子)