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Monthly Column

ー無関心の代償ー

『ラブレス』 上映:5月19日(土)〜 6月1日(金)

2017年 ロシア他 2時間7分R15監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ出演:マルヤーナ・スピヴァク/アレクセイ・ロズィン

イングマール・ベルイマン監督の『ある結婚の風景』を観たのは大学生の時だった。仲睦まじい夫婦が、次第にすれ違い、別れてゆく。子どももいて、夫婦を解消してもそれぞれは親という人種を生き、その上でまた新しい生活を得て行く。かつての夫婦というのは、ふと久しぶりに再会すればどこか新しい伴侶とは違う、旧知の仲だからこそ生まれてくる安堵感や馴れ親しみが湧き上がるもののようだ。ほぼ会話で進むこの物語が私に教えてくれたのは、恋人と家族の違い(それもうまく説明できるような代物ではない、感覚、らしきもの)であり、人間の愛の不確かさとそれを越える、愛の向こう側の何か、だった。
さて。アンドレイ・ズビャギンツェフ監督は、『ある結婚の風景』をリメイクしたかったという。版権の問題でそれが叶わなかったというが、その思いからこの『ラブレス』はスタートしているという。結婚とは何か、離婚とは何か、人生を作っていくとはどういうことか、そして子どもの存在は。夫婦はそれぞれ他人が一緒になり、親子は血を分けた存在としてこの世に生まれてくる。そうして家族が形成され、人々は生活を営んでいく。社会や時代の中でそれらがどう息づいているのか、変化していくのか。ズビャギンツェフの視点は、一定の距離感を持って、それこそ低温で、これらのことを見つめていくように見える。
大木がいくつも水辺にせりだすように横たわる風景が広がる。静寂と時の留まりを感じさせる印象的なシーンから物語は幕をあけた。ここはモスクワの郊外だ。近くには森があり、池があり、学校がありマンションがある。少年がぼんやりと外を眺めているのは自室であり高層マンションに暮らす彼の家庭はある程度裕福なのだろうと推察できる。近くこの家は売却されるようだ。両親は離婚協議中で、互いに新しい恋人がいる。かつて愛し合っていたはずの夫婦は顔を合わせば罵り合い、息子の存在などどこにもないかのようだ。自分を押し付け合う両親の言葉を少年はドアの後ろで聞き深く傷つく。声を押し殺し泣く少年は、深い闇へと自ら入っていくしかないのかもしれない。そして少年はいなくなった。
自分の事しか見えない親たちが息子の不在に気がつくのは二日を経ってからだが、それが成り立ってしまう日常が現代社会にはびこっていることを私たちは知っている。学校から家に帰ってくる。朝は起きて学校へ行く。姿を確認しなくても、「そうであるはず」と疑わないことは、無関心であることに等しい。その現実が痛切に胸に刺さる。
愛とは何か。人間の罪とは何か。その答えが出ることはあるのだろうか、とそんなことを思いながら本作を観終えた自分がいた。

(志尾睦子)