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Monthly Column

ー慎ましやかな幸せー

『希望のかなた』 上映:2月3日(土)〜 2月16日(金)

2017年 フィンランド 1時間38分監督:アキ・カウリスマキ出演:シェルワン・ハジ/サカリ・クオスマネン

寒い時期、仕事を終えて家に帰ると部屋の中はとても冷たい。寒いと何もする気にならないので、着替えるのも後にして毛布で自分の体を覆い、ソファの上で部屋が暖かくなるまでじっとDVDを観たりする。私には時折そんな時間がある。ああ幸せだなと思う。冷え切った体を包み込む毛布の温かみは、私に“慎ましやかな幸せ”をもたらしてくれる。
アキ・カウリスマキの映画を観る時、この感触が私の中に去来する。毛布のような映画だなと思う。ほんわかと温かく、ささやかな感じ。幸せの感覚も、大きすぎず、欲張りすぎず、小さすぎない。主張しないが、確かにあって、とても奥深い、懐の深さがある、そんな感じ。
どのシーンを切り取ってみても、雰囲気のある極上のポストカードのよう。そして『あ、カウリスマキね』とすぐにわかる、そんな独特の構図、色彩、人物配置は、いつにもまして見事だ。瞬く間にその映画世界に引き込まれるが、物語はどこまでも地に足のついた現実を描きこんでいる。表現としての造り込みと、中身の現実感が違和感なく融合するところに映画の面白みと誠実さを感じる。
故郷シリアで空爆に遭い、逃げて来たカーリドは、紆余曲折フィンランドに流れ着く。難民である彼の日常は、とても厳しい。社会から一個人が認められることの難しさ、生きにくさが容赦無くカーリドを襲う。彼はその一方で、レストランを営むオーナー・ヴィクストロムとの出会いによって、新しい道筋を見つけてもいく。カーリドに手を差し伸べるフィンランド人ヴィクストロムにもまた、苦難の物語がある。よそから来たものと、その地にいるものとの交流は、互いの立場を明確にすると同時に、立場も人種も違えども「迷える人間である」という共通点を浮き彫りにしていく。
現実社会と向き合う個人の生活が、そこはかとなく伝わる細やかな社会描写に、一つ一つ想いを寄せてみる。世界はどう動いているのか。人はどう生きるのか。ふつふつと沸き起こる処理のできない自分の感情が、映画の緩やかなテンポの中に収斂されていくのを感じていた。カーリドの友人となるイラク人・マズダックが、収容所の職員が、レストランの従業員が、トラックのドライバーが、ふと漏らした言葉のいくつもに、胸が熱くなった。
現実は厳しく過酷だ。それをいっときも忘れることなく、慎ましやかな幸せを噛み締めた。ああ、映画って素晴らしい。またひとつ、傑作が生まれた。

(志尾睦子)