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Monthly Column

ー消せない事実を踏み越えて人は前に進むー

『婚約者の友人』 上映:12月16日(土)〜 12月29日(金)

2016年 フランス他 1時間53分監督:フランソワ・オゾン出演:ピエール・ニネ/パウラ・ベーア

ドイツの地で、とても古い石畳の道を歩いたことがある。ゴツゴツとした石の道に私の足がおぼつかず、現地の知人に大丈夫ですかと笑われた。石畳の解説を聞きながら歴史に思いを寄せ、感慨深く日暮れの町を歩いた、という光景は思い出せるのだけれど、肝心のその道の解説部分は忘れてしまった。自分の記憶力の悪さが残念でならない。そしてその地は、ドイツとフランスの国境の町で、かつてはフランスの領土だったこともあるといい、1週間の滞在中に、私は電車で数分揺られてはフランスへ出かけた。こんなに簡単に国を越えられるのに、瞬時に言葉も違えば街並みも変わる陸続きの異国性を感じ、重ねてきた歴史の深さに思いを巡らせたものだ。
さて、『婚約者の友人』を観ながら、そんなことを思い出した。歴史の重みとその時代時代の人々の暮らしがザラザラとした感触で心の中に入り込む感じを。本作は、ドイツから始まり、フランスで終わる物語だ。時代は第一次世界大戦が終わった1919年。戦争で婚約者フランツを亡くしたアンナは、彼の墓前に毎日出かける。モノクロームの画面は深いコントラストを露わにし、石畳を歩く彼女のカツカツと響く足音は、心なしか哀しみとも怒りとも取れるように響く。目にも耳にも印象深いオープニングだ。ある日彼女はフランツの墓前で涙を流す男に出会う。彼はアドリアンと名乗り、フランツがパリへ留学していた頃に出会った友人だという。フランツの面影をアドリアンから掬い取ろうとアンナもフランツの両親も彼を温かく迎え入れる。
原案は1930年に発表されたモウリス・ロスタンの戯曲「私の殺した男」であり、その2年後にはエルンスト・ルビッチ監督が映画化している。オゾン監督はそのどちらとも違うアプローチで、戦禍のもと生きた人たちの物語を紡いでいく。さすが、フランソワ・オゾン!と思わず手を叩いてしまいたくなるようなエスプリの効かせ方に目が輝いてしまう。
愛するものを失い喪失感に襲われるアンナ。フランツとの間に耐え難い秘密を持つアンドレア。戦争は終わったけれど、残された事実は消えることがないという現実。今を生きているこの時間こそが、彼らにとっては常に漆黒の闇の中なのだろう。モノクロームの映像はそれを切々と伝えてくる。そして時折彼らは妄想の世界に飛び込み、心を癒し、生きる力を得る。その見せ方にハッとする。
生きるということは、したたかな行為だ。だからこそ尊い。そんな風に思えた。

(志尾睦子)