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Monthly Column

ーなぜ彼は馬に跨ったのかー

『ターコイズの空の下で』 上映:6月12日(土)〜 6月25日(金)

2020年 日本他 1時間35分 監督:KENTARO 出演:柳楽優弥/アムラ・バルジンヤム/麿赤兒/ツェツゲ・ビャンバ

映画の始まりは大事だ。映画セオリーとしての重要性はもちろんだが、忘れがたい印象を残すオープニングには映像が物語る秘密が詰まっているものだ。その手法はもちろん様々だが、脳裏に焼き付いて心を一瞬にして掴んでしまうものは案外少ない気がする。無論、個人的記憶力の違いもあるだろうが、少なくとも記憶力の悪い私にとって、冒頭のシークエンスをしっかり思い出せるものは、そう多くはない。本作は強い印象を残した一つだ。力強さと不可思議さと美しさが混ざり合い、虚構と現実の狭間を駆け抜けるように描き出された世界観に一瞬にして包まれてしまった。

 

ある男が、周囲を気にしながら森の中の厩舎に忍び込む。瞬く間に馬を手懐け、手綱を引く。無理やりという風は全くなく、馬は彼に体を預け、彼もまた手慣れたように馬を扱う。そしてゲージを開いて外にそっと出た彼らは、アスファルトの道をかけていく。まるでその風情は「スーホの白い馬」だ。風を掴んで走り出したかに見えたのも束の間、男はあっけなく警察の御用になってしまう。この馬の持ち主は、一代で財をなした大企業の経営者・三郎で、馬泥棒がモンゴル人と知ると、訴えることをやめ、身元を引き受けようと申し出る。

三郎には、モンゴルに生き別れたままの娘がいるのだ。もう60歳は越えているだろう娘の消息を、先が短くなった三郎は今こそ知りたいと思ったのである。そしてもう一つ、何不自由なく甘やかして育てた孫・タケシに娘探しの任を与え、世界を見せようとしたのである。 画して、観光気分でモンゴル・チンギスハーン空港に降り立ったタケシの前に現れたのは馬泥棒・アムラだった。そうして言葉の通じない二人は当てのない人探しの旅を開始する。

 

一枚一枚ページをめくり自分の声で物語を読み進めていくような感覚に陥る。それは一つ一つの時間を丁寧に味わい、そして触れていくことに通じる気がする。言葉が通じない世界で、聞こえてくる声色や目線、動作で、こんなにも心情に触れることができるものだろうかと思わされる。大自然の恵みと、生き物たちの躍動感、そして生命の尊さが、タケシを通して私たちの根っこの何かを揺らしていくのである。 情報が氾濫する現代社会において、知りたいことは一体何なのだろうかと考えてしまう。いや、知りたいことはこの情報化社会にあるのだろうかと。美しいラストシーンにそんな思いを重ねた時間こそが豊かだと思えた映画体験だった。

(志尾睦子)