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Monthly Column

ーたった1日、長い1日、尊い1日ー

『ハッピー・バースデー 家族との時間』 上映:4月24日(土)〜 4月30日(金)

2019年 フランス 1時間41分 監督:セドリック・カーン 出演:カトリーヌ・ドヌーヴ/エマニュエル・ベルコ/ヴァンサン・マケーニュ/セドリック・カーン

二人の子どもがお屋敷の扉を開ける。車がそろそろと中へ入っていくと目の前にトンネルが見えてくる。トンネル、に見えたものは家のピロティなのだが、『千と千尋の神隠し』の冒頭が頭をよぎった。こちら側とあちら側への入口に見えたのだ。さながらこの邸宅が、外界と隔てた一つの世界であるかのように。そして、たった1日の、だけれどとても長い年月を垣間見せる、色濃い物語が幕を開けるのである。 自然に囲まれた大きな古いお屋敷。庭ではパーティの準備が進められている。

 

手入れの行き届いた家を守って来たのは70歳になるアンドレア。今は夫のジャンと、孫娘のエマと3人で暮らしている。今日はアンドレアの誕生日で、独立した子どもたちがそれぞれの家族やパートナーを連れて祝いに駆けつけたのだ。長男のヴァンサンはしっかり者でそれなりの社会的地位もあり、妻と二人の息子を連れている。恋人のロジータを連れてやってきた次男のロマンは少しエキセントリックな性格で、映画監督を夢見ながら未だ親のすねかじりの様相だ。ワイワイと進む宴の最中、もう一人の来訪者がやってくる。長女のクレールだ。彼女は元彼だという不動産屋を連れてきて家の中を査定し始める。クレールはエマの母親だが、実に三年ぶりの突然の帰宅だった。アンドレアは娘の帰宅を喜ぶが、精神の不安定なクレールを前に、エマをはじめ他の家族は動揺を隠せない。それでも、家族にとって大切な1日は、予定通りに進行していく。

 

「母・アンドレアの誕生日」という1日は、そこに集う一人一人の内面に留められていた感情を湧き起こし、家族の絆を浮かび上がらせてもいく。その中で明確な役割を担うのは、ロマンがドキュメンタリーとして家族に向けるカメラだ。家族の傍に置かれたカメラは社会的な「目」を表面化する。その目は時に暴力性を孕みもするが、見えないものを見せる力も持つ。物事の是非はどこにあり、何が尊いのだろうかとしばし私たちは立ち止まることになる。

 

セドリック・カーン監督ならではの世界観が今回も際立つ。彼の作品では、どんな題材であれ、世界の広がりと人々が過ごして来た時間経過が常に見えてくる。本作もまた家族を一つの世界に見立てながら、人生の背後にそびえる社会の影響を鋭く突いていた。シリアスでありながらユーモアに富み、優しさに満ちている。まさしくフランス流のエスプリが効いている逸品であった。

(志尾睦子)

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