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Monthly Column

ー冒険者たちー

『生きちゃった』 上映:11月28日(土)〜 12月11日(金)

2020年 日本 1時間31分R15監督:石井裕也 出演:仲野太賀/若葉竜也/大島優子

誰にでも、ふと思い出す記憶のかけらがある。今現在過ごしている時間とはなんの関連性もなく、本当にふと思い出される景色。それは度々、頭に浮かんでは、「ああ懐かしいな」という感覚とともにまた日常の中に消えていく。それは自分でも意識していない幸せな時間だったのか、はたまた、実は苦しい時間だったのか。自分の知らぬところで、自分の脳がふと思い起こさせる記憶のかけらは、何かを自分に伝えようとしているのだろうか。

 

この物語は、ふと思い出される高校時代の日常のかけらから始まる。あの時に置き忘れてしまったモノがあったのか。ただそれは幸せな純粋な時間だったのか。 幼なじみの男二人の中にマドンナ的存在の女子一人。高校時代よくつるんでいた彼らは卒業し、それぞれの恋愛も経て、今に至る。厚久は奈津美と結婚し子どもも5歳になった。武田は相変わらず二人の良き友達だ。武田と厚久は一緒に事業を立ち上げようという夢を持っているが、映し出される彼らの日常は燻っている若者像にも見える。年齢的にはまだ若者と称される彼らは同時に、世間的には大人であり社会構造の一部として生きている。

 

その人物像の描写は、まさしく不穏で閉塞的な現代社会から生み出されたモノだ。大志を抱きながらも、常に未来に対しての諦めが並走する若者。生産性を重要視する資本主義社会を垣間見せる彼らの職場。豊かな日本に憧れてやってきた外国人たちの現実。共感することを強いられる現代社会での生きにくさ。そうした社会の中で彼らは成長し、出口の見えない人生を生きていくしかない。その時に頼りになるのは自分だけなのに、彼らは、その自分をこそ、信じられない。

 

ロベール・アンリコの『冒険者たち』が頭をよぎる。刹那を生きる若者像の中には、自分自身を信じる強さがあった。いつの時代も若者は、社会構造の中で生きにくさを感じながら彷徨い続けるわけだが、それが冒険になるのか、暗中模索の苦行の道になるのかは、その違いなのかもしれない。

 

ただ愛されたいと願った奈津美と、ただ愛していたのに何も言えなかった厚久は、それぞれ自分を信じきれず、挫折する。武田もまた、見守ると言いながらその自分の姿を信じきれない。それでも。死ぬまで生きるのだ。胸をすくラストシーンは石井監督にしか描けないアプローチだと唸った。不格好でいい。出来なくていい。ただ素直に自分と向き合おうとするだけで冒険者になれる。そう、伝えているようだった。

(志尾睦子)