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Monthly Column

ー生きるしかない、その先にあるものとはー

『れいこいるか』 上映:10月31日(土)〜 11月13日(金)

2019年 日本 1時間40分監督:いまおかしんじ出演:武田暁/河屋秀俊/豊田博臣/美村多栄

海へ遊びに出掛けた若い夫婦と一人娘の睦まじいショットからこの映画は始まる。1995年の1月16日。寒空の下ではあるが、一家を取り巻く空気は暖かく穏やかだ。そして妻の電話が鳴り、彼女はその場を離れる。その横顔はその場の空気を変えていく。この物語の体温が凝縮する短いシークエンスに、ざわつく感情が吹き出す。そんな冒頭に息を呑んだ。

 

これは、阪神・淡路大震災を境に人生が変わる人たちの物語だ。人生が変わる、というのは取り戻せない時間を抱えるということでもある。取り戻したいと願うのは、失われてしまったものへの悔恨でもある。人生は時に不可抗力によって乱暴に変えられてしまう。それまでの人生を奪われると言ってもいいかもしれない。それはどんなに注意しても抗えない運命であったりする。一方で、自らの行い一つで辿らなくてもよかったはずの道を行ってしまうこともある。それぞれを運命と片付けるには、あまりに切なすぎる人生模様が本作には描きこまれていく。

 

震災で娘・れいこを失った夫婦は離婚し、それぞれの人生を歩き出す。妻・伊智子を待ちながら過ごした娘との一夜は、夫・太助の中で消えることはないが、ガラリと変わった世界を彼は生きるしかない。家族を置いて女としての夜を過ごした伊智子にとってもそれは同じことだが、彼女はまた新しい人生を踏み出す。罪を抱えながらも一人ではいられない伊智子と、裏切られたとしても彼女を不憫に思い気にかける太助は、それぞれに人間臭さを感じさせる。どうにもならないことへの深い悲しみと怒りは静かに彼らの年齢を食い潰してもいく。あの夜から5年が経ち、10年が経ち、15年が経つ中で彼らは別々の人生を生き、時に邂逅し、また違う時間を刻む。

 

長い年月の中で、太助は期せずして過ちを犯してしまう道を進み、伊智子は自らに課せられた罰を奇跡のように翻すアイテムを手に入れたりする。そうしていつしかあの夜から23年が過ぎゆく。白髪混じりとなった彼らは再び出会い、導かれるようにある場所へと向かう。人生のやるせなさと人間のおかしみが、二人が歩んでいく時間の中に溶け込んでいく。 映画としての寛容さが、この人生論を豊かに肯定する。生きるしかない、ことは死者への弔いでもある。そして、生きるとはどんな形であれ尊いのだと。街を見守る鉄人28号に、不屈のヒーロー・ウルトラマンセブンに思いを馳せる。良き映画も、世知辛い世を生き抜くアイテムなのかもしれない。         (志尾睦子)