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Monthly Column

ーめくるめく映画の世界へようこそー

『海辺の映画館 キネマの玉手箱』 上映:9月26日(土)〜 10月16日(金)

2020年 日本 2時間59分監督:大林宣彦出演:厚木拓郎/細山田隆人/細田善彦/吉田玲/成海璃子

2019年3月上旬。私は、大林宣彦監督の事務所を訪れていた。高崎映画祭授賞式への列席に際する打ち合わせだった。

プロデューサーの恭子さんがいつものように柔らかい笑顔で出迎えてくれ、私たちは2時間ほど楽しくおしゃべりをした。隣の部屋で大林監督が編集をされていたので、お邪魔しないように帰ろうと思っていたものの、「ちょうどいい頃かしら」と恭子さんが編集室へ連れて行ってくれた。『海辺の映画館 キネマの玉手箱 』の目下編集中の室内に足を踏み入れる。

お痩せになられた体はますます小さく車椅子に収まっていたはずが、なぜか背中は大きく見えた。ゆっくりとこちらを振り向かれた監督は、いつもの笑顔で応えてくださった。編集中は寝食を忘れて没頭してしまうのは今も変わらないのよねえ、と恭子さんが心配そうに、でも楽しそうに言っていらした。そして私は、監督の背中越しの編集中の画面に全神経を集中させていた。あまりにも幸運なこのシュチュエーションを神に感謝し、早く観たい!次なる大林ワールドの洪水を浴びたい。と鼓動が早くなったのが思い出される。

 

大林作品はどれもこれも面白い。これに尽きる。毎回その映画的手法に驚かされ、心を踊らされる。近年ではさまざまな地域と手を取り合って映画製作に奔走され、立て続けに戦争をテーマに映画を撮り続けられた。

本作もまた、戦争の記憶を若い人たちに繋げること、それが映画には出来ると企画され手掛けられた一作だ。映画館が閉じるという最後の日に、映画の中に入っていく人々の物語だ。中原中也の詩を辿りながら、現代の若者たちと戦争映画の中の人々を結びつけていく。それは我々が知らぬ間に刷り込まれるものではなく、克明に刻まれるという映画的視覚的行為によって成立する。特に本作ではその夥しい熱量に圧倒されっぱなしであったが、これこそが大林作品の映画への絶対的な信頼と敬服だと私は思う。色による感覚的識別、音楽と言葉がもたらす感傷、こちらとあちら側が圧倒的に違うことを判らせながら結びつける映像の魔力。戦争が犯した過ちと罪、そして悲しみが烈火の如く映画の中で燃え盛るのを私たちは目にし、そして心に刻んでいくが、然りとてそれは痛みと悲しみだけではないのがまた大林作品の真骨頂なのである。踊り歌い出す人々の生命力、人を愛することの幸福感、映画が未来を変えることへの希望を鮮やかにそして力強く伝えようとするのだから。

 

映画のある人生は豊かだ。そう高らかに謳い笑顔で逝った映画の巨人・大林宣彦監督に心からの賛辞と感謝を述べたい。(志尾睦子)

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